結核の治療では、薬剤に感受性があれば患者一人当たり6か月間の薬代は7000円程度で済む国も多い。しかし、薬剤耐性の場合、治療を完了するまでにかかる費用は200万円を超える国も少なくない。これに対し国際NGOや途上国などは、今回の国連結核ハイレベル会合の政治宣言にこの「ドーハ閣僚宣言」を明記し、治療アクセスの拡大を促進するための文言を盛り込むことを強く主張したが、アメリカは薬剤耐性以外の治療薬はすでにパテントが切れていることや、薬剤耐性結核の治療薬も多くは無償か安価で提供されているため、結核に関しては知財は大きな障害ではなく、アクセス促進のためにはシステム全体の強化が重要だとの主張でその文言を入れることに反対した。

 最終的には1か所に「ドーハ閣僚宣言」が明記され、一般的な「治療アクセスの促進」は様々な場所にちりばめられた。

 確かに、多額の資金を投入して新薬を研究開発しても、それを安価で提供したり、他企業にジェネリック薬の製造・輸出を許してしまったりすると、民間企業の研究開発費が回収できない、利益が出ない、そして最終的に、民間企業の研究開発意欲を失わせてしまうとのアメリカ側の主張もわかる。

 今後、官民連携の強化などで打開策を見つけていく必要があるだろう。

 追加資金は重要だが、資金があれば解決する問題ではない。また、限られた資金でもよりよい成果を出す方法がある。

日本に見る結核封じ込めの成功事例

 ひとつの成功事例を日本に見ることができる。

 過去に日本では年間の結核罹患数が100万人以上、死亡数も10万人を超えることもあり、長らく日本人の死亡原因のトップで、「国民病」と呼ばれていた時代がある。

 これに対して実施した対策は功を奏し、年平均で10%以上という世界でも稀に見る驚異的な減少率を実現した。それも日本がそれほど豊かでなく、効果的な治療法も確立する以前、1950、60年代の話である。

 その成功の秘訣を一言でいえば、国のリーダーシップ、様々なレベル・セクター間での連携・協働、そして地域や住民の動員・参加の3点であろうか。

 国のリーダーシップとしては、結核予防法や保健所法などを施行し、明確な結核対策の戦略・方針を示し、後に国民皆保険につながる結核医療費の公的負担制度を実現したことである。

 結核対策の戦略としては、健康診断、予防接種、適正医療の3つを全国津々浦々で促進・普及させた。

 特に健康診断と予防接種、すなわち結核のスクリーニングと予防をまさに全国民に普及するため、学校、施設、事業所、市町村で、それぞれの長に実施責任を持たせて定期的に徹底的に実施させた。

 結核疑いの患者は、開業医を含む日本の医療施設に診療が依託され、患者は保健所に報告・登録され、その患者と家族への徹底したフォローアップがなされた。

 開業医を含む医療機関から報告された結核患者の診療内容は、専門の診査協議会で検討され、同意を得られた医療のみに公費負担がなされた。つまり、結核治療の質の向上、治療の適正化を行った。

 また地域では、婦人会、青年団、衛生自治組織などが健康診断や予防接種に協力して、それらの実施率の向上を図った。

 民間の立場から結核対策を支える結核予防会、そして結核研究所が創設され,結核に関する研究と対策、普及啓発活動と人材育成が推進された。

グローバルヘルスの目標実現の難しさ

 私はその時代に生きていないので、これらは先輩諸氏から聞き、論文から学んだのだが、現在、国際協力をしていて、日本の経験から学べることがたくさんあるのである。

 政治宣言ではユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(universal health coverage; UHC)という用語が何度も用いられているが、社会的弱者も含め、すべての人々に必要なサービスを届けることは貧しい時代の日本でも以上のように実現は可能であった。

 ただし、グローバルヘルスの難しさは単に日本の経験を「これはいいですよ」と伝えるだけでは現場は変わらないところである。「理屈」は簡単、「実施」が難しいのである。私の経験では、成功の10%は政策や戦略、90%は実施やオペレーションにある、と思っている。

 各国の政治・経済・社会状況、インフラ、社会資源、文化・価値観など様々な状況を見ながら、その国に見合った実施計画を作り、地理的・時間的展開を考え、その実施に力点を置く必要がある。

 それが難しいところであるが、それに挑戦することがグローバルヘルスの醍醐味ともいえる。

 マンハッタンでの慌ただしい5日間のスケジュールが終わった。このハイレベル会合を成功に導いた日本政府の国連代表部、特に共同議長の大役を果たされた別所浩郎大使と大変な政治文書のとりまとめを行った江副聡参事官には敬意を表したい。

 ただし、正念場はこれからである。このハイレベル会合のために費やした時間とお金とエネルギーが無駄にならぬよう、現場で実施、オペレーションを加速化しなければならない。

 ニューヨークで⼀般演説した代表が、Talk the talk (くちばっか)か、Walk the talk(有⾔実⾏)か、Walk the walk(不⾔実⾏)なのか、2030年、SDGsの節⽬の年には明らかになる。

結核ハイレベル会合終了後に、政治宣言を取りまとめた立役者(左)と日本政府代表団員(右)と国連ビル前で。