結核は古くて新しい病気である。
約9000年前の人骨から結核カリエスの痕が見つかるほど古代から人類と共に歩みながら、いまだに感染症の死亡原因のトップに君臨している。毎日、世界で約3万人を発病させ、4000人以上を死に追いやっている。
「毎日4000人が死亡する」とはどのような脅威のレベルなのか、SARS(重症急性呼吸器症候群、2002~2003年に37か国で流行)、エボラ熱(2013~2015年に10か国で流行)と比較するとわかりやすい。
あれほど世界に恐怖と戦慄を与えた感染症アウトブレイクだが、一日平均あたりの死者はSARSでおよそ3人、エボラ熱で15人、数字だけを見ると、結核はその1300倍、270倍の人々の命を奪っていることになる。
おそらく、この数字に違和感を感じる読者もいると思う。そこには現実と報道、現実と我々人間の恐怖感の「ズレ」があるためである。
結核で毎日4000人が死亡する理由
この「ズレ」は、「見えない敵」と「見える敵」、また「勝つ手段がわかっている敵」と「わからない敵」との違いから来る。
SARSは「原因不明」の非定型性肺炎が中国広東省から世界に瞬く間に拡がり、原因(新型コロナウィルス)がわかった後も、決定的な予防・治療法がなかった。
エボラ熱は、2013年の西アフリカでの流行より約40年も前からその正体はわかっていながら、効果的な治療・ワクチンがなく、さらに映画「アウトブレイク」などにより凄惨で致死性の高い誇大なイメージが広がっていた。
見えない敵に勝つための効果的な治療薬もワクチンもない。メディアがその恐怖を冗長させるのである。
一方、結核は19世紀頃まで欧米でも4人に1人が結核で死亡するほど流行し、「不治の病」「亡国病」と呼ばれていたが、BCGワクチンや効果的な治療薬の開発などにより死者も激減した。メディアもほとんど報道しない。次第にその恐ろしさが忘れ去られていくのである。
では、ワクチンや治療薬があるのに、なぜ今でも結核で毎日4000人も死亡するのだろうか。
多くの理由があるが、3つの要因を挙げたい。
1つ目は、結核が世界の貧困や社会課題に密接に関連していること。
結核の高蔓延国を見てみると、中央アフリカ、リベリア、ミャンマー、北朝鮮など、政治・経済・社会上の不安や問題を抱える国、さらに、インド、中国、インドネシア、フィリピン、パキスタンなど、著しい経済発展をしながらも、貧富の差が拡大する国が多い。
結核は特に、住環境や労働環境の劣悪な都会のスラム、衛生環境、栄養状態の悪い僻村、換気が悪く塵芥にまみれて作業を行う鉱山、そして、換気が悪く狭い部屋に密集して押し込まれる刑務所など、貧困層や社会の底辺に追いやられている人々に蔓延し、ここから周辺に菌をちりばめている。
日本でも結核が最も蔓延している地域はホームレスの多い大阪府西成区あいりん地域で、その結核罹患率は全国平均の20倍以上、アジア・アフリカの高蔓延国と同レベルである。
2つ目は、HIVの流行によって結核が再燃したこと。
そもそも人は結核菌に感染しても、病気として発病するのは10人に1人程度で、体の抵抗力、免疫力が十分にあれば結核菌を跳ね返すこともできる。
しかし、HIVは免疫細胞を破壊して人の抵抗力を減弱させるので、体内に入った結核菌の活動を助長、発病させやすくする。その結果、HIV流行前には結核による罹患や死亡が減少傾向にあったアフリカだが、HIV流行後にはそれが急増し、2倍、3倍に膨れ上がった国もあらわれた。
近年の努力で改善が見られ始めたが、いまだにHIVが流行する南部アフリカの結核死亡率・罹患率は他地域に比べて驚異的に高く、世界全体で年間30万人が結核とHIVの重感染によって死亡している。
3つ目は、結核の治療薬への耐性菌が増えていること。
結核は6か月以上に渡る長期の治療を必要とするため、患者側の治療の中断・薬の飲み忘れ、また医療者側の不適切な治療などによって薬剤耐性菌が作られやすい。
特に効果的な治療薬リファンピシンとそれ以外の薬が効かない多剤耐性結核は世界で増加傾向にあり、推計で年間55万人以上に上るが、このうち診断・治療されているのは4人に1人、治療してもその成功率は50%程度である。
特に、過去に医療制度が崩壊し、いまだに医療の質が十分とは言えない旧社会主義国の東欧・中央アジアでは多剤耐性結核が爆発的に広がり、中には結核新規患者の4割が多剤耐性菌に冒されているという国もある。
日本での多剤耐性結核の罹患者報告数は年間100人に満たず、今のところ明らかな増加傾向もみられていないようだが、不安もある。
2017年末で在留外国人は260万人以上、訪日外国人は年間2800万人以上、日本からの海外渡航者は年間1700万人以上と、日本と海外とで人の行き来が活発である。

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