武見:これも偶然の成り行きでね。テレビ出演の影響で多少知名度があったからか、自民党参議院の幹部や当時副総裁だった小渕恵三先生から「全国比例区に出馬してくれないか」と要請があった。東海大学で教授になった直後のことで学長に相談したら「それは良い選択では」と後押ししてくれて。95年に休職したまま出馬して当選したの。小渕先生が外務大臣、総理になるタイミングで政治の世界に進み、竹下登先生や小渕先生が主導していた平成研究会の直系に入りました。

 小渕先生とブレイン3~4人が集まって千葉で合宿した際に、私から提案したのが「ヒューマン・セキュリティ(人間の安全保障)」だったのね。「日本の未来志向の平和主義を育てるキーコンセプトになる」と伝えたところ、小渕先生から「外交の仕組みの一つに組み込んでほしい」と指示があって、ODA(政府開発援助)政策に入れることに。それがいま国連にある「人間の安全保障基金」の設立につながった。

「人間の安全保障」定義を巡る大論争

 「ヒューマン・セキュリティ」という考え方は94年にUNDP(国連開発計画)の報告書に初めて登場したものの、コンセプトが曖昧だったので2000年の国連ミレニアム・サミットの際に「政策概念として整理したい」と提案、委員会をコフィー・アッタ・アナン国際連合事務総長の下に作ることができたんです。 経済学者のアマルティア・セン・ケンブリッジ大学トリニティーカレッジ学長と緒方貞子・前国連難民高等弁務官のお二人を共同議長として、合計12名の有識者をメンバーに迎えてスタートした。

 理論面は経済学者のアマルティアさんが、現実的な視点の政策への反映は緒方さんが主に担当し、2年間の議論を経て現在の「ヒューマン・セキュリティ」という概念ができた。事務局を通じてそのすべてに関わったのですが、お二人のすさまじい論争も目撃しました。いい勉強をさせてもらいましたよ。

國井:傍から拝見していて、よく共同議長同士で議論を戦わせていたことを覚えています。

武見:二人とも個性が強くてしょっちゅう衝突して、何度も空中分解を覚悟したね。緒方さんは当時UNHCRのヘッドを終えたばかりで有事の人道的な危機についての思いが強かった。一方、アマルティアさんは「紛争がなくても発展しない状況の悪い国はある。そこでも人間への投資を通じて新たに発展するための動機付けや能力強化をしなければ、発展する要素を作ることができない」と。平時も念頭に置いた理論構成ができたのはアマルティアさんのおかげです。最終的には「選択肢を増やすことが人間にとっての自由の拡大」であり、それも「より有意義な人生」を送るための選択肢を増やすという目標にまとめることができました。

國井:アマルティアさんはインド出身で、有事の人道的危機のみならず日常的に貧困が蔓延している環境を知っています。私もヨガと伝統医療アーユルベーダを勉強するため、南インドに1年間住んでいました。周りには最低限の食事すら取れずに栄養失調になっている子ども、病気になっても医療を受けられない人たちが数多くいましたが、そのような声なき苦しみ、静かな貧困には外部からは誰も気づかないんです。だからアマルティアさんの考えがすごく良く分かる。かたや世界の人道的危機に携わると、有事の際に短期間に莫大な数の人間に深刻な問題が起こることにも理解できる。委員会が最終的に構築した概念はバランスが取れていて、明快で実践的にも使いやすいものになったのではないでしょうか。

武見:2015年の国連サミットで採択されたSDGs(持続可能な開発目標)にもつながっていますね。

國井:確かにこの流れはSDGsに脈々とつながっている。武見さんは「ヒューマン・セキュリティ」の次は「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ」(UHC=すべての人が受けられる適切な保健医療サービス)の概念を世界に売り出し、SDGsの保健目標にも組み入れ、日本政府のグローバルヘルス支援の柱ともしました。疾病対策や母子保健などを垂直型アプローチとすると、人材育成や情報管理などの保健システム強化は横断型アプローチ。この双方をうまく紡ぎ合わせ、社会的・経済的に底辺にいる人たちも取り残さぬよう、サービスを広げていく。「ヒューマン・セキュリティ」のキーコンセプトである生存・生活・尊厳を脅かす感染症や疾病から人々を保護して力づけ(エンパワメント)するため、「武見プログラム」のキーコンセプトである「医療資源の開発と配分」の知見を駆使しながら、UHCを目指していく。軸がぶれずに世界のニーズや趨勢を見ながら潮流を作っているところが武見さんのすごさだと思います。WHOのテドロス新事務局長も、今やUHC、UHCと叫んでいます。

武見:「武見プログラム」に関わった後、国会議員として政府の政策決定にも影響力を持てるようになった。振り返ると、やっぱり非常に恵まれた条件のなかで仕事ができたのだと思う。

國井:日本はアメリカやイギリスのように目立たないが、地道にしっかりとグローバルヘルスに取り組み、発展途上国に寄り添ってその発展や成長に貢献している、というのが国際的評価だと思います。先進国首脳会議G7、G8では以前、安全保障、経済や貿易などへの取り組みが中心でしたけど、日本が議長国となった2000年の九州沖縄サミット以降はグローバルヘルスも中心課題に据えて議論するようになりました。これによってグローバルヘルスへの国際的資金が集まるようになり、ヒューマンキャピタルが伸びてきました。これはやはり国際的に高く評価されています。

武見:グローバルヘルス関連で何が大事っていうと、それはもう「おカネ」なんです。提言するだけではダメで、裏付けとなる資金を出すことで初めて提言が他国に届き、実際の政策決定に影響を及ぼす。2000年の沖縄サミットでは30億ドルのコミットをして「沖縄感染症対策イニシアチブ」に結実した。2008年の「洞爺湖サミット」のときには疾患別ではなく、「保健システム強化」という考え方をグローバルヘルスのメジャーにしようと普及を進め、大きな役割を担えた。UHCはまさに「保健システム強化の目的である」という考え方が定着してきて、UHCをSDGsに入れようという流れができた。これがまたうまくいったの。