「距離」の先に

國井:野口健さんとの出会いも大きかったんじゃない?

藤巻:ちょうどレミオロメンを10年やった頃、悩んでいたんです、いろいろな意味で。そんな時に出会ったのが野口さんで、精神的に引きこもっていた僕を、文字通り世界の果てのようなところまで連れ出しくれたんです。

國井:例えば、ネパールに一緒に行って、どうでしたか。

藤巻:まず「距離」が大事だなと。海外旅行もそれほどしたことがなかったような状況で、いきなりネパールの山奥に行ったんですけど、要は物理的にものすごく遠い場所に行くことで、精神的にもすごく遠くに行けたんです。
 30代の入り口で、東京で音楽をやりながら音楽はこう作るべきだとか、僕たち3人のレミオロメンはこういうふうにしなきゃいけないんだとか、みんなの期待に応えなければいけないとか、知らず知らずそういう枠にハマり込んで、悩んでいた自分を、ものすごく客観的に、初めて客観的に見ることができたというか。一番最初、ガーンってギターを弾いた時の感動や気持ちよさとはあまりに懸け離れている自分に気づいて、自分自身がすごく消耗していることに気づいて。

國井:うん。

藤巻:登山はそのものが瞑想だな、と。1日何時間も歩くんですよね、それも1週間以上。ひたすら歩く。歩かないと目的地に着かないので(笑)。
 歩いている時は何も考えない。ぼけっと歩いているんですけど、感覚だけはすごく鋭くなっていくんです。危険もそうだし、匂いもそうだし、何か触れるもの、見るものに対してすごく鋭いんだけど、意識は増幅していかない…。そうして、考えが増幅していかない時というのは、すごく癒やされるんだということが分かって。
 ひたすら歩いて、健さんと話して、真面目な話もすれば、女の子の話なんかもして(笑)、また歩いて、話して。そうする中で、本当に自分自身が回復していくのが分かる旅になりました。

國井:日常の枠にハマり込んだ自分を引っ張り出す旅。

藤巻:はい。そうやって自分と向かい合う中で、一度歩みを止めてみるということも考えて。

國井:いわゆる人工物がない景色って、すごいよね。ソマリアなんかでも360度、人も建物も、一切の人工物が見えない世界、過酷な自然の真っただ中をひたすら進んでいく時に感じるものって、こうコンクリートの中にいる時と全然違う。

藤巻:人が作れないものを知る、感じるというのはいいですよね。考えてみれば、木1本にしても人間には作れないわけで。それが、ネパール、ヒマラヤとなると、大陸同士がぶつかって標高8000メートルのところに貝の化石とかがある。地球の胎動というか、とんでもないパワーを感じますよね。そういう偉大な自然の力に触れると、ちゃんとちっぽけな自分を感じられるというか。頭でっかちになっていくと、どんどんやせてくるんですよ、作るものも。

國井:山にはギターは持っていったんですか?

藤巻:持っていきました。旅用の小さいギターがあって。それをポロポロ弾いていました。
 本で読むとかテレビで見るとかいうのも知識にはなるけれど、実際に自分で動いて、においをかぐ、汚れる、汗をかく、そんな中で感じることって、その時は言葉にまだできなくても、自分の中になにかが蓄積されていくんだと思うんですよね。
 そう、ケニアのナイロビでキベラスラムというところに行ったんですが。

國井:100万人が住んでいるアフリカ最大のスラム、いまだに治安や衛生面で大変なところだね。

歌は果実。そのための根を

藤巻:はい。でも、ここがとても明るい雰囲気だったんですよ。ものすごいびっくりしたんですけど、みんなで笑い合ったり、助け合っている空気がすごくあって。スラムというのは、暗くて、生きる気力も失った人たちがいて、なんてイメージを持っていたのが、全く違って。カルチャーショックでした。もちろん、感染症の問題とか解決すべき課題はいろいろあるのだと思いますが、人間のつながりとか、明るさとか、逞しさとか、ああ、僕はここで何か学ばなきゃいけない、すごく学びたいなって思いました。

國井:僕も学生時代に、タイのスラムを訪れてまったく同じことを感じました。

藤巻:音楽って、木に例えると果実なんです。でも、いろいろな物事ってすぐに果実にはならない。やっぱり根っこが大事だと思うんですよ。例えばヒマラヤという根っこが僕の中で1つ増えたことで、そこから何か新しい栄養を得て、幹を通して何か葉緑体のようなものを通して光合成を起こして、音楽という果実になっていく。

國井:いいこと言うね。さすが詩人。単に何かを見た、感じた、書いた、というのとはちょっと違うんだね。

藤巻:たぶん、時間が大事なんです、熟成とか、あるいは耕していることになるのかもしれない。土の中に空気を入れたりとかするような。曲が思ったようにできない時期というのは、以前ならこう焦りみたいなものに知らず知らず追われる感覚がありましたが、根が張れていれば、やがて体の中から出てくると思えるようになったというか。冬の時季には果実ってできないんですもんね。冬には冬の役割があって、その根っこを伸ばすみたいなことも必要だし。

國井:桜の花も寒い時期がないと、きれいに色づかない。

藤巻:夜明け前が一番暗い。

國井:藤巻さんは被災地の支援などにも積極的に関わっていて、物資の提供などもされているけれど、例えば、東日本大震災後から被災地の学校でライブをやる“歌の炊き出し”など、歌でみんなを勇気づける活動にずっと取り組まれていたんですよね。

藤巻:はい。微力ながら。

國井:ぜひ続けてください。被災した人の絶望感や孤独感、あるいは、都会の片隅で人知れず悩み傷ついている人の焦燥感や苦しみ、そういうものを規定する、心を押し込めてしまう「線」を消してあげられるような歌を届けてあげてください。

藤巻:『夜と霧』。

國井:フランクル。アウシュビッツに収容された精神科医が書いた。

藤巻:はい。僕の好きな本なんですが、あの極限状態で、どういうふうに人間が生き延びたかという話で、祈った人、歌っていた人、笑っていた人であった、と。それを読んだ時、音楽とかお笑いとか、いわゆる衣食住には関係ないのですが、人間の中にあるエネルギーみたいなものを引き出す力があるんだということが感じられて。
 日本でも水害のあった地域で、立ち往生したバスの上で乗客が寒さと不安の中、一夜を過ごす時に、みんなで『上を向いて歩こう』を朝まで歌って乗り切ったという話があって。いわゆる音楽の持っているすごく素晴らしい力と、小さい子からお年寄りまで一緒に歌える『上を向いて歩こう』の偉大さを改めて感じました。
 今って音楽も消費されていくスピードがものすごく速くて、今年の一曲といっても何か思い出せなかったりする時代ですけれど、そういう中でも、長く、長く愛してもらえるような曲を作りたいなと、そう思っています。

國井:亮太さんなら大丈夫。魂の宿った曲作り、楽しみにしてます。そして、ずっと応援しています。

藤巻:頑張ります。