藤巻:例えば法律であったりとか政治であったりというのは、社会の中に線を引いていって、ルールを作っていって、ある程度、人間関係を統制していくという役割を担っている。線を引いて区切ることで、不要な衝突を避けたりするわけですが、そうやって誰かに線を引かれた中で、言われた通りに生きていくことは窮屈に感じることもある。
 あるいは、自分の中に、あるいは自分の周りに、自分で線を引いてしまって、窮屈に感じている人もいる。

 そんな中で、ミュージシャンというのはきっと、線を消す人なんじゃないかと思うんです。
 僕自身もそうなんだけど、生きているといろいろな固定観念に縛られていくじゃないですか。そうやって自分が精神的にどんどん狭い部屋に閉じ込められていくと、ものすごく苦しいですよね。そして、その狭い部屋にいる時は、その苦しさの理由が分からない。自分ではそこに線があって、壁があることが分からないから。

國井:自分が見えない。

「消しゴム」になりたい

藤巻:音楽って、自分がその線とか壁にまず気づいて、ぶち当たって、それを自分で消した時に曲ができるんです。そうやって、自分の中で自分の精神を救えた曲というのは、やっぱりずっと歌っていける曲だし、ある意味、僕と、聞いてくれる人たちとの間にある線も消えていくような曲だとも思うし…。
 これまでも、感覚的にそんなことを思っていたんですが、そうか、僕はそういう「消しゴム」でありたいんだということがすっきりと見えてきました。

國井:たくさんの曲を作ってこられているけれど、これは消せたな、という曲は?

藤巻:そうですね。『日日是好日』という曲があるんですが、もともと禅の言葉で。
 人間は得てしてもう手の届かない、既に起きてしまった過去のことに対して悩み、まだ来てもいない未来のことに対して心配して悩むけれど、それはすごくもったいない。生きるとは、すなわち今という日々を生きることで、自分の持っているエネルギーを、今のために使っていくことが大事なんだと。
 僕の中でそれがとてもしっくりきて、そういう気持ちを込めてこの曲を作っているうちに、自分の中にあった余計な線が消えていって。聞いてくださった人たちからも、そうした反応があって。

國井:線が消えていって…。

藤巻:つながっていく。

 『3月9日』という曲ははもともと僕の幼なじみがいて、彼が21歳のときに結婚したんです。当時、お金がなくて(苦笑)、音楽をプレゼントしようと思って結婚式のために作った曲なんです。
 そいつは、サンキューのありがとうの日に結婚するんだよね、みたいなことを言っていて、ああ、確かにいい日だなあと思って、『3月9日』というタイトルにしました。
 当時、結婚経験もない自分なりにいろいろ想像しながら、あの2人ならどんな感じだろうと想像しながら書いていって。それが後にテレビドラマで使っていただくことになって。

國井:『1リットルの涙』。

藤巻:はい。そのドラマの合唱コンクールのシーンで歌われたのをきっかけに、あちこちの学校の卒業式で歌ってもらえるようになったんです。もともと結婚式のために作った曲が、今は卒業という新たな門出を祝う曲になって、ずっと続いていて。
 最初は僕が友人にギブした形ですが、それはもう聞いてくれたり、歌ってくれる人たちの人生の一部になっていく。これは先ほど國井先生がおっしゃった、すばらしいテイクをいただいた幸せな体験でした。

國井:きっかけをくれたその友達にも、改めて感謝だね。

藤巻:山梨のワイナリーで働いていて、今もワインを買いに行って、いろいろ話をするんですけど、ああ、こいつだから作れたんだな、という感じがするんですよね。すごくいいやつで、その出会いがすべての始まりで。

國井:出会いというのは大切ですね。藤巻さんにとって、大事な出会いというと、やはり…。

藤巻:もちろんレミオロメンというバンドを一緒に作った2人ですね。彼らと出会って、一緒に音楽を始めたことで、景色が本当に変わったので。アンサンブルしていくこと、一緒に夢をかなえていくこと、時にバカなこともしたりしながら、信頼し合って、それでいながら時々分からなくなったりしながら。そんな20代を一緒に駆け抜けた同志ですから、それはもう、何物にも代えられない。

國井:今は活動を休止してそれぞれに…。

藤巻:そうなんです。

國井:理由を聞いてもいいかな。

藤巻:これが、何ていうんでしょうね…。
 以前、何かの本で読んだんですけど、例えば飛行機というのは、簡単なミスが7個ぐらい続かないと落ちないんだそうです。

國井:はい。

藤巻:確率的にいうと、ほとんど落ちないですよね。簡単なミスを7回続けて見過ごすなんて、そうそう起きない。でも、時に不幸にしてそういうことが起きてしまう…。
 僕たちの場合は、まず、ものすごく疲れていた。20代を全力で駆け抜けて、身も心も疲れてきっていた。そんな中でも、お互いに何でも分かっているつもりだった。それでコミュニケーションをちゃんと取らなくなって、やがて気づいたときには、互いに立っているところがずれてしまっていた、という…。
 それが今、7年経って、当時は見えなくなっていたものが見えるようになったというか、分かったと思えるものがあるんですよね。それが分かってくると、また新しい関係性が始まっていく。それが何かこう、今、我々、3人の中にあるような気がしていて。

國井:おぉ、それは楽しみ(笑)。

藤巻:僕にとってすごく明るいニュースです(笑)。