藤巻:どこから話せばいいかな…。まず、レミオロメンのメンバー3人で合宿に行かされまして。

國井:合宿?

藤巻:「今、勝負時だから、いろいろ曲を作ってこい」と言われて、地元・山梨の山中湖近くのスタジオへ行きまして。

國井:もう気合十分で。

藤巻:いや…その場所がとにかく寂し過ぎて、ああ早く帰りたいな、と…(苦笑)。

國井:ハハハ、でも勝手に帰るわけにはいかないから…。

藤巻:早く曲を作るぞ!と(笑)。

國井:ミュージシャンの人って、夜型の人が多いイメージがあるけど、藤巻さんは?

藤巻:僕は朝方や昼間に作るんですけど、その日はすごい頑張って、粘って、夜までずっと作っていて。そうしたら夜中の2時ぐらいに、ダンダンダンダン、ダンダンダダンダというイントロが浮かんで、すすっとこう、メロディーができて。
 もう春先だったんですが、まだ山中湖の景色の中に雪が残っていて、気づいたら「粉雪舞う季節は…」って歌い始めていて…。そこから一気に書き上げました。

國井:へえ。

藤巻:何かすごくいいものができたという感触があったので、これは早く聞いてもらおうと思って、3日間の予定を1日で切り上げて、プロデューサーの小林武史さんのところへ。

國井:小林さんというのは、確かサザンオールスターズとかMr.Childrenとかのプロデュースを手掛けてきたスゴい方。

藤巻:はい。その名プロデューサーに聞いていただいて。

國井:どうでしたか。

藤巻:すごくいいんだけど、サビが違うんだよね…という話になって。エネルギーがAメロ、Bメロと増幅してくるんだけど、爆発しなかったんですね、当初のサビが。そこからがもう長い旅でした。
 ひたすらスタジオにこもってサビを考えるという時間があって、なかなか大変でした。出来上がったサビはご存知のようにシンプルなんですけど、そこに行きつくまでに、ああでもない、こうでもないと、いろいろ考えて。

國井:生みの苦しみ。

確かにあれは「叫び」なんです

藤巻:何ていうんでしょうね…。当時、デビューして2年、急に生活も変わっていったり、環境も変わっていったりという中で、それに付いていけなかった自分がいて、付いていこうと頑張った自分もいて、何かを手にしていきながら何かを失っていくような感覚もあって。音楽を始めた時の、神社時代に持っていたマインドから、売れたい、ブレークしたい、いい曲を作りたいって言っていながら、何かを見失っていく怖さみたいなものもあって。すごく危ういバランスを抱えながら、それでも止まることは許されないという時期で…。

國井:周囲の期待も感じながら。

藤巻:これでいいのかな、だけどいい波は来ているし、すごくうれしいな、だけどこれでいいのかな、みたいな悩みとか、自分の中でモヤモヤしていたものがあって。それが『粉雪』という曲を作る中で、最終的にサビの部分にバッと何かこう、一気に吐き出されたというか。

國井:なるほど。

藤巻:あんなに柔らかくて、はかないものを描いた歌詞なのに、何であんな力強く歌うのか…アンバランスなことを面白がってくれる評論家の方もいらっしゃって。僕も当時はあんまり分からなかったけれど、確かにあれは「叫び」なんですよね。自分の中に何か言葉にならないSOSが…、黄色信号が灯っていたりすることに対する。それが何かこう、エモーショナルなものが吹き出した曲だったのだと思います。

國井:そういう作り手の葛藤とかも含めて、聞く人たちの心の深いところに響くんですね。
 僕にとっての「粉雪」は、インド的なものとブラジル的なものの融合というか凝縮を感じる曲で。

藤巻:インド的とブラジル的…。