東京パラリンピックに向けて、できること

國井:2020年のオリンピック・パラリンピックについても話を聞きたいんですけど。乙武さんは組織委員会の参与の立場にもあるとか。

乙武:はい。去年はリオデジャネイロのパラリンピックを観戦に行きましたし、ロンドンでは英国パラリンピック協会会長やロンドンパラリンピックで総合ディレクターを務めた方にお話をうかがったりしてきました。

國井:どうでしたか。

乙武:例えば、リオ大会の組織委員会としては、大きな誤算があったらしいんです。事前の予想ではオリンピックは健常者が、パラリンピックは障がい者が見に来るだろうと予測していた。ところがふたを開けてみると、思っていた以上にオリンピックには障がい者が、パラリンピックには健常者が観戦に訪れたらしいんですね。それは想定外だったので、受け入れ態勢が後手後手に回ったとか。
 ロンドン大会ではパラリンピック史上初めてチケットを完売させたのですが、それはパラリンピックを感動ドラマとしてではなく、あくまでスポーツとして魅力あるものだと伝え続けてきた結果であるとか。そうした話も、現地を訪れなければ聞くことができなかった話です。

國井:思い切って行ってよかったですね。

乙武:リオでは、私自身もちょっと変わった体験をしましてね。

國井:というと?

乙武:リオでは空港だったり、試合会場だったり、パラリンピックを見に来た観客の方が、私の体を見て次々と「一緒に写真を撮ろう」と言ってくれるんですよ。あまりにもそういうことが続くので、同行していた友人が、「この人は別に選手じゃないよ」と説明してくれたんです。

國井:選手と間違っているんじゃないか、と。

乙武:はい。でも、向こうも「分かっているわよ」と。「彼は、まさにこのパラリンピックというものを体現しているような人だから」と。そう言われたこと自体はありがたいなとは思いますけど、それ以前に面白いなと思ったのは、例えば日本人が、障がいのある海外からの客人を見て、「この人はパラリンピックを体現したような人だな」と思ったとして、見ず知らずの車いすの人に「一緒に写真を撮ってくれ」とは言わないと思うんですよね。
 やっぱり失礼に当たるんじゃないかとか、物珍しさから写真を撮りたいと勘違いさせて、傷つけてしまったらどうしようというのが先に立って、おそらくそういう申し出はしないと思うんですよね。そういうことを一切、気にせず、この人と写真を撮りたい、だから撮って!というのは非常に面白いな、と。

國井:それはブラジル人だった?

乙武:おそらくそうだと思います。

國井:ブラジルは本当にそうなんだよね。ブラジルに1年ほど住んでいたんだけど、僕は世界で一番、人間と人間の密着度が高い国なんじゃないかと思っていて。
 例えば、銀行で列に並ぶと、すぐに一緒に並んでいる人たちが話しかけてくる。ブラジルはポルトガル語で、こっちが外国人であんまりポルトガル語を話せないと分かっていても構わないでしゃべる。パーティーをやるとなったら、それぞれいろんな人を連れてきて、何の集まりだかわからなくなっちゃうんだけど、みんなで朝まで楽しそうに呑んで歌って踊ってる(笑)。翌日の仕事なんて考えないで、思いっきりみんなで楽しんじゃうんだよね。
 日本人とは違うと言えばそれまでだけど、妙な壁を作らずに、みんなで楽しもうよ、というおおらかさは、何かと窮屈に生きている日本人は見習うべきかもしれないね。いや、翌日の仕事も、もちろん大事なんだけれど(笑)。

 最近いろいろな研究の結果が出てきて、やっぱり人間の幸福とか、長く生きる秘訣というのは、人と人とのつながりにあって、そんなに数は多くいなくてもいいから、地域の人や友人そして大切な人との会話を楽しんだりとか、そういうことで幸福度が高まると。
 先ほど話題になったインターネットによるつながりというのはとても有効なツールだけど、できれば、やはりリアルなコミュニケーションで五感をフル活用していったほうがいい。

 そう、乙武さんは地域のゴミ拾いの団体も立ち上げたとか。

幸せは、つながりの先にある

乙武:そもそもは3.11の東日本大震災の時に、地域住民同士での助け合いという話を見聞きして、私の中にすごく響くものがあったんですね。その後、東京が数十年ぶりの大雪に見舞われた時、すでに雪かきがなされてアスファルトの黒がしっかりと見えているブロックもあれば、雪かきがまったくなされずに白いままのブロックとがあって。何かそのオセロのような状況を見た時に、私は恐怖を感じたんです。これって各家庭の余力がそのまま表れているんじゃないかと。

國井:雪かきをする余力がある家庭と雪かきをする余力すら残っていない家庭がある。

乙武:余力がない家庭としては、いわゆる単身高齢世帯などがあると思いますが、私の母も、もう60代後半で一人暮らしです。幸い大雪の時は元気で自分で頑張れましたが、これが5年後、10年後だったらどうなるだろう……。母もどんどん年老いていって、私も身体障がい者である中で、都心部ほど危ういところはないんじゃないのかなと。
 つまり、ご近所での付き合いが少なくて、隣に誰が住んでいるのかもよく分からないという中で、これは障がい者に限らず、もし自分が災害弱者になった時に誰が助けてくれるのだろうと。あそこのおばあちゃんは誰が助けに行くだろう、みんなでちゃんと助け合うことができるんだろうか……。そんなことを考えているうちに、もう少し普段から風通しのいい町にしておくこと、ご近所さん同士が月に1回でも顔を合わせておしゃべりをする場というのがあるといいなと思ったんです。
 では、ちっちゃい子どもたちから年配の方々まで気軽に集える場の設定って何があるんだろうと思った時に、ごみ拾いというものを思いついたんです。もともとグリーンバードというゴミ拾いのボランティア団体があったので、その新宿チームというのを立ち上げたというのがきっかけなんです。

國井:なるほどね。そうした活動を通して、年配の人や障がいのある人が、どんなことで困っているのか、みんなで共有できるようになるといいですね。

 さて、改めて東京大会。これから充実させていこうとしていることなどありますか。

乙武:組織委員会にもっと「当事者」を迎え入れて欲しいなと思っています。
 パラリンピアンは入っていますが、それはアスリートとしての当事者であって、大会にはアスリートではない一般の障がい者の方もたくさん観戦に来られるわけですよね。
 国内外から多くの障がい者を迎えるにあたって、どのような準備が必要なのか。運営側に障がい当事者やLGBTなどのマイノリティー当事者を入れていったらいいのかなと。
 ありがちなのは、すでに建設された建物に車いすの人を呼んできて、「使い勝手はどうですか」と。いや、聞いてもらえるだけありがたいのかもしれないけど、設計段階で聞いてくれと。一度建ててしまうと、そこから変えるのは大変なんです。ですから、準備段階から多くの人の声が反映されるといいなと思っています。

國井:本当ですね。

乙武:障がいと言っても、視覚、聴覚などいろいろありますから、対処すべきことは多岐にわたります。私は障がい者ですが、ほかの障がいに詳しいわけではないので、どんどん「当事者」に運営側に加わっていただいて、その視点を生かしてほしいなと。これから3年、チャレンジできることはまだまだあると思います。

國井:チャレンジ好きの血が騒ぎますね(笑)。

乙武:頑張ります(笑)。