発災直後に十分な対応ができなかった理由として、

  • 大地震をあまり「想定していない」場所に大規模災害が発生してしまった
  • 被災規模が災害対策の指揮や実施を行う現場の組織・人の対応能力を超えてしまった
  • 計画していた指定避難所や物資の集積地、幹線道路なども被災してしまった
    • など、いろいろあるだろう。

       しかし、災害対策の立場から考えると、「想定していない」で油断しているからこそ被害は大きくなり対策は遅れるもので、現場の対応能力が不足するからこそ、外部支援を含む災害準備が必要となる。災害対策では「最悪のシナリオ」を想定してシミュレーションを行わなければならず、計画していた指定避難所や支援物資の集積地、幹線道路などが被災した時のオプションも考えておく必要がある。

       緊急支援は時間との勝負である。特に発災後48時間以内の超急性期には、「1分早ければ1人助かる」ともいわれ、SRM(Search-捜索, Rescue-救助, Medical assistance-医療処置)の緊急体制が整備されなければならない。

      「最低限必要な」支援とは

       では、直接被害のない避難者には、それほど迅速な対応は必要ないのだろうか。いや、有病者、高齢者、妊産婦、乳幼児、障害者、顕在・潜在的なリスクファクターを持った人にとっては、支援の遅れが生命や心身に多大な影響を及ぼすことがある。

       実際に熊本地震でも、5月6日までに災害関連死の疑いが熊本県内で19人、静脈血栓寒栓症(通称、エコノミークラス症候群)により入院必要と診断された患者は熊本県内の主要病院で計48人になったと発表された。これらは迅速なシェルターの整備、飲料水の供給、緊急トイレの設置などを急げば救えたかもしれない命、防げたかもしれない健康影響である。

       これ以外にもあまり報道されず、また見過ごされている災害時に発生または悪化する健康リスク・疾病は多くある。

       さらに、健常な人であっても避難生活はボディーブローのように効いてくる。

       これまで災害支援に参加した人なら、被災地の生活がどれほど酷か、またそれが心身にどんな影響を及ぼすか、理解できると思う。たとえば、東日本大震災で現地支援に参加した私のチームでは、1週間ほどでほぼ全員が口内炎となり、人によっては湿疹・かゆみ、頭痛・めまい、不眠・興奮・不安などの症状も現れた。

       また、世界の災害地、紛争地で国連やNGOの職員として活躍する私の友人・知人(国籍は様々)の中には、多様なストレスを受け続け、知らず知らずのうちに身体やメンタルが蝕まれ、最終的に再起不能となったものもいる。タフに見えても崩れるときには崩れる。非日常の環境の中に、多くのストレス要因が潜んでいるのである。

       外部支援者であれば、数日から数週間で被災地を去ることもできる。しかし、被災者の中には数か月、時には数年も避難所や仮設住宅での生活を余儀なくされる人もいる。被災した地方自治体の職員の中には、自ら被災して避難生活をしながらも、不眠不休の緊急支援を続け、それでいながら、苛立つ住民から罵声を浴びている人もいる。中には急性期を過ぎても、復旧・復興活動で長らく重責を担い続けなければならない人もいるのである。

       このような状況を考えると「最低限必要な」支援を発災後1週間以内、遅くとも2週間以内に被災者に送り届けたい。

       ここで重要なのは「最低限必要な」ニーズや支援に対する基準をどのように定義・設定し、どのように測定・報告し、誰が誰に対して説明責任(accountability)を持つか、ということである。

       国際的には「スフィア基準 (Sphere Standard)」と呼ばれるものがある。これは1994年のルワンダでの大虐殺に続く200万人ともいわれる難民危機で迅速で十分な援助ができなかった反省から、「多くの人道援助機関及びNGOが共通して使用する人道対応に関する基準が必要」との認識が広がり、それを受けて国際赤十字・赤新月運動(IFRC)とNGOグループが中心になって策定したものである。

       被災者にとって何が「正しい」支援なのか、被災者が安心して尊厳をもって生活し、元の生活に戻るために、あるべき人道対応・支援とはどういうものか。援助の「量」だけでなく、「質」も求め、それを保証するための実施者の「説明責任」も追求してこの基準が設けられた。

      自衛隊の協力で搬入される支援物資(東日本大震災時)
      避難所の外に設置された簡易トイレ(東日本大震災時)