国籍を問わず、グローバルに活躍しているLGBTの方々が少なくない。私がこれまで働いてきた組織にも、能力と人格の双方が備わった素晴らしいLGBTの上司・同僚・部下がいた。

 特に、私がこれまで仕えた上司の中でも、知識・経験、コミュニケーション能力、政治的手腕など、あらゆる面で「あっぱれ!」と唸らせたのが、グローバルファンドの元上司、事務局長であったマーク・ダイブルである。

 彼は医師であり、優秀な研究者であったが、その能力を買われて40歳前半でアメリカの国務次官補級にあたる米国大統領エイズ救済緊急計画(PEPFAR)のトップとなった。その就任式には同性のパートナーを同席させ、堂々とゲイであることを公表している。

来日したグローバルファンドのマーク・ダイブル元事務局長(中)と筆者(左)
来日したグローバルファンドのマーク・ダイブル元事務局長(中)と筆者(左)

 彼の凄さは、その専門性の深さ、知識の広さ、頭の回転の速さ、機転の利かせ方のみならず、世界の名だたる大統領・首相級から市民団体や当事者組織に至るまで、あらゆる人々を魅了してしまうその人間力にもある。

 誰に対してもいつも飾らず、誠実で、謙虚、それでいながら知性とユーモアに溢れ、その人望は誰からも厚かった。それでいながら、政治的巧妙さ、リスクをかぎ分ける能力、野心的なビジョンに向かって人々を走らせる能力など、リーダーとしての資質もピカイチだった。私は彼から直接多くを学ばせてもらった。

 グローバルファンドを含む多くの国際機関・国連機関では、国籍、人種、宗教、性などによるあらゆる差別・偏見をなくす努力をしており、どんなマイノリティであっても、求められる才能や経験があればそれを十分に発揮できる環境がある。

 むしろマイノリティだからこそ、偏見・差別された人々が置かれた状況を十分に理解し、それを解決する方法が見えることもある。またマイノリティを計画や実施に参画させ、そのネットワークを駆使して幅広い活動につなげることも可能である。

 たとえば、私が統括する局には「コミュニティ・人権・ジェンダー部(Community, Rights and Gender Department)」という部署があり、様々な国・地域で差別・偏見を受けている人々、社会の辺縁に追いやられている人々への差別・偏見を軽減し、感染症を予防し、その死亡を減らすための効果的なサービスを届ける活動を推進している。

 そのため、この部署では、過去に実際に差別・偏見を受け、本人だけでなく同胞のために、その問題解決のため戦ってきたLGBTもいる。中には世界のLGBTのネットワークを率いて、エイズやその他の問題と戦ってきた戦士、ヒロイン的立場のリーダーもいる。彼らは同胞や愛する人の死も経験しているため、問題の深刻さ、解決の困難さを知っているが、決して諦めない、強いパッションも持ち合わせている。

 彼らが中心になって、世界の様々なパートナーと協力して作ったのが「SOGIに関するグローバルファンド戦略(The Global Fund Strategy in Relation to Sexual Orientation and Gender Identities)」である。

 これは、性的マイノリティに対する偏見・差別、人権侵害によって必須サービスが行きわたらず、HIVなどの感染・死亡が拡大している現状を、グローバルファンドが多くのパートナーと協働していかに戦うかの戦略が記されている。

 そこには、19のアクションとして、いかにより効果的な対策プログラムを計画・実施していくか、そのために性的マイノリティやその組織をいかにプログラムの計画・実施に参画させていくか、参画する市民社会の実施能力が不足する場合、その向上にむけていかに支援するか、などに関する方向性を示している。これに関する具体的な行動計画、タイムフレーム、指標などは別に設定している。

 ここで注意したいのは、特に開発途上国における「エイズ予防・啓発」といった文脈においては、レズビアン、ゲイといった「アイデンティティ」以上に、「感染リスク」の高い男性同士の性行為の有無に着目して、「男性とセックスをする男性」(MSM:Men who have sex with men)という概念を用いていることである。

 また、同じレズビアンでも、トランスジェンダーでも、その職業や行動などによってエイズや結核などの感染リスクは異なる。

 したがって、LGBTの概念のみに縛られるのでなく、データやエビデンスに基づいて、性的少数者の中でも感染リスクの高い人々、また性的少数者でなくとも、社会の辺縁に追いやられ、差別や偏見によってサービスを受けられない人々を「キーポピュレーション(Key Population)」と呼び、その感染や死亡を軽減するプログラムを支援している。

 「差別・偏見をなくそう」「人権を守ろう」というスローガンだけでは社会は変わらない。

次ページ 続く見えない敵との戦い