個人的な偏見・差別だけでなく、国が法律でゲイやレズビアンなど同性のセックスを罰する国もある。
これは、もともと「肉欲に基づく性行為」を罰する刑法(反ソドミー法)の条項として、ヴィクトリア朝時代の英国が植民地にばらまいたものである。その後、解釈の変化で、同性間の性行為だけを取り締まるものとなった。異性間の性行為は妊娠・出産を目的としうるのに対して、同性間の性行為はそれを目的としえないことが理由のようである。
いずれにせよ、これが英国の植民地以外にも広がり、今でも影響を及ぼしている。英国を含め、近年はその法律や制度を撤廃・破棄する国が増えてきているが、未だに施行している国が世界に70か国以上あり、中には未だに死刑を宣告する国もある。
このような偏見・差別をなくすには、まず世界の人々が人間の「性」の多様性を認め、世界に存在する大多数とは異なった「性」をもつ人々のことを理解することからはじめなければならない。
「性」の3つの切り口を知る
まずは「性」には様々な切り口や側面があることを知ることだ。
「性」には大きく3つの切り口があるといわれる。
性器や染色体などによる「身体的特徴で分けられる性(biological sex)」つまり、「身体の性」、自分自身はどんな性だと思うかという「性自認(gender identity)」つまり「心の性」、好きになるとしたらまたは実際に好きになったのはどんな性かという「性的指向(sexual orientation)」つまり「好きになる性」である。
「身体の性」として、この世には男性・女性だけでなく、身体的特徴から男性とも女性とも言い難い、または両方の特徴を有する「インターセックス」の人々がいる。性染色体の異型、胎児の発達時期の母体のホルモン異常など様々な原因があり、その特徴を生殖器、生殖腺、染色体、ホルモンの分泌状態などで分類すると、60以上ものパターンがあるといわれている。
男性なのに精巣が小さく、思春期から女性のように乳房が発達してきたので検査してみたら、性染色体がXX(女性)でも、XY(男性)でもない、XXYだった。女性として結婚もしたが妊娠しないので検査してみると性染色体がXのみだった。私が臨床医として働いていた頃、そんな人々を症例報告として学び、また実際に診察もした。
前者をクラインフェルター症候群、後者をターナー症候群と我々は医学的に診断をするのだが、これらの診断は当の本人にとって、それまで自分が普通の男性または女性だと思って生きてきたのに、そうではなかった、普通ではなかった、異常なんだ、と大きな衝撃を与えるものだった。そして、「自分は男性なの?、女性なの?、両性?無性?……なんなんだ!」と、自分の「性」のアイデンティティに苦しむ人が多い。
2つめの切り口は「性自認」(心の性)である。
多くの人々は「身体の性」、見かけが男性や女性であれば、自分の性の自認・心の性もその性と一致するのだが、なかには「身体の性」と性の自認、心の性が異なる人がいて、身体的・生物学的には女性だが、性に関する自認としては男性(Female-to-Male:FtMエフティーエム、と呼ぶ)、逆に身体的・生物学的には男性だが、自己意識としては女性(Male-to-Female:MtFエムティーエフと呼ぶ)といったパターンがある。これを医学的には「性同一性障害(gender identity disorder)」もしくは「性別違和(gender dysphoria)」と呼び、WHOが定めた国際的な診断基準、米国精神医学会や日本精神神経学会などの診断・治療ガイドラインにも載っている。
「精神医学」の分野で診断・治療がなされることが多いが、もちろん、これは「精神病」ではない。原因がある程度特定できる「病気・疾患(disease)」に対して、この「障害(disorder)」という用語は、身体や心の問題や症状を有するが原因を明確に特定できないものに使われる。
また、性同一性障害については、「身体の性」と「性の自認」とがうまく合わない、マッチしない、という意味でもdisorderという用語が使われている。
しかし、「性同一性障害」という用語について、身体や精神の機能不全(disability)を示す「障害」という言葉を用いるため、何らかの機能不全があるようなイメージを与えるのではとの懸念を示す人もいる。また、これまで議論されてきたように、「障害」という用語自体に「障(さわ)り害がある」というマイナスイメージがあり、障害者に対する呼称も含めて、今後も検討すべきという意見もある。
なお、2013年に刊行された米国精神医学会の「DSM5(診断と統計マニュアル第5版)」では、「性同一性障害」という分類は廃止され、「性別違和」に統合されている。
この「身体の性」と「心の性」が一致しない人の中にも、その程度には個人差があるといわれている。
たとえば、幼少の頃から身体の性とは全く異なった性の自己認識を持ち、それが揺るぎなく、一生続く人もいれば、性の自己意識が身体の性と異なると感じ始めるのが遅い人、その不一致を感じる時期と感じない時期と一生の中で揺らぎのある人もいる。
それに対して、身体の性を心の性に近づけたいと思って、ホルモン療法や性別適合手術などの医学的治療を強く求める人もいれば、それを望まない、またはどうしようか迷う人もいる。
いろんなパターンがあるのだ。
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