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NYのゲイ・プライド・パレードで、LGBTの象徴であるレインボーフラッグを手にする参加たち。2018年6月24日撮影(写真:ロイター/アフロ)

 以前、「『男性の終焉、女性の台頭』の時代に向けて」とのエッセイを書いたが、昔ながらの「男性と女性の二元論」で語るのは、今の時代、ナンセンスでもある。

 「LGBT」をはじめ、多様な性のバックグラウンドを持つ人々が、この世に多く存在し、社会的に重要な役割を果たしているからである。

 無知は罪なりー古代ギリシャの哲学者ソクラテスの言葉だが、性についての無知も罪につながり、世間を騒がす。

 2015年4月、一橋大学法科大学院の学生が同性に愛を告白したことを他の学生に暴露(アウティング)されて、それをきっかけに投身自殺したとされる事件は記憶に新しい。

  LGBTについて、私もかつては全くの無知であり、状況によってはこの加害者と同様の罪を犯していた可能性もある。

 私は大学生時代にヨーロッパを旅して、初めてLGBTの人々に出会った。おそらく、それ以前にも日本で出会っていたのだろうが、今のようにカミングアウトできる時代ではなかった。知らずに過ごしてきたのだと思う。

 それ以降、世界を旅して、また仕事上でも、様々なLGBTの人々に会い、交流を深めていった。

 はじめは、正直言って驚き、困惑することもあった。知り合いになるに留まらず、時に熱く愛を語られ、強く迫られることもあったからだ。

 「口説かれる女性の気持ちって、こうなのかな」と戸惑いながら感じつつも、最後の一線は「自分にはそういう『趣味』がないから」と相手に伝えて断った。

 そんな体験を、当時の浅はかな自分は、日本に帰国してから飲み会の席で友人たちにオモシロおかしく話していた。まさに、一橋大学の加害者と同じような過ちをしていたのである。

 さらに、「自分にはそういう趣味がないから」と断ったことは、LGBTの人々を全く理解しておらず、「性的指向」を「性的嗜好」と勘違いしていたのだ。

 2016年に杉並区議が「そもそも地方自治体が現段階で、性的指向、すなわち個人的趣味の分野にまで多くの時間と予算を費やすことは、本当に必要なのでしょうか」と議会質問をして炎上したのとまた同じ過ちである。

 そんな無知な自分も、グローバルヘルス分野の研究や支援を進めるうちに、日本国内外を問わずLGBTの知人・友人が増え、彼らが抱える悩み・苦しみを少しずつ理解できるようになった。

 さらに、国際機関で働きはじめてからは、LGBTを含めたマイノリティに対する差別・偏見、人権問題が世界ではいかに深刻で、感染症のパンデミックを含む地球規模課題を解決する上でもいかに大きな障壁であるか、その解決がいかに複雑で困難かを痛感するようになった。

 現実を知れば知るほど、私のような「無知」とそのような問題に対する「無視」がいかにこの世に蔓延し、それがいかに問題解決を妨げているか、認識するようになったのである。