近年、企業に勤務する社員の健康管理に高い関心が寄せられている。一方、企業にとっては「経営トップの健康管理」も危機管理の重要な要素だ。孤独なうえ高度なストレスにさらされる経営トップ。ストレス危険度のセルフチェックのポイントを医師に聞いた。

 製造業で品質データ不正が相次ぎ発覚した2017年。皮切りとなった神戸製鋼所では次々と不正が明らかになり、短期間に何度も会見を開くこととなった。10月8日の第1報から2週間もたたない10月20日、一部の社員が自主点検に協力しない「妨害行為」があったと公表した記者会見に、川崎博也会長兼社長の姿はなかった。

 「本日は、本来、会長兼社長の川崎が会見してご説明するべきところでございますが、あいにく体調を崩しておりまして、私の方から代理でご説明させていただきます。現在、川崎はおかげさまで快方に向かっております。何卒ご理解のほどよろしくお願いしたいと思います」

 冒頭、梅原尚人副社長はこう述べ、会見を始めた。不正の把握と公表が後手に回っていることに対し記者から追及が続く。梅原副社長は真摯に応じているように見受けられたが、次第に質問する記者の口調は厳しくなっていった。

 開始から90分ほど経過した頃、一人の記者はいらだった口調でこう言い放った。「本来は経営陣が徹底的に調べて(不正の全容把握を)やるとおっしゃっていたわけでしょう。それができていないことの責任をどうお考えなんですか。社長は本当に体調不良なんですか」

経営トップの健康維持は企業の危機管理の1つ

 個人の健康情報は要配慮個人情報であり、本人の同意なく第三者に明かしてはいけないもの。記者から追及されたときに病名を明かす義務はもちろんない。エムステージ(東京都品川区)顧問で特定社会保険労務士の舘野聡子氏は、「不祥事発生時などでは企業活動に責任を果たさなければならない一方、社長も一人の人間。『寝ないで対応せよ』『体調を崩すひまがあるのか』といった批判は全くの筋違い」と指摘する。

 とはいえ、差し迫った状況で経営トップが対応できないとなると、今回のように「責任逃れをしているのではないか」などと要らぬ疑惑を抱かれるリスクは生じる。

 企業に勤務する社員の健康管理は、労働安全衛生法で事業主に義務付けられている。また近年、働き方改革の機運も盛り上がっており関心は高い。だが企業にとって、経営トップの健康管理も、危機管理の重要な要素であることは間違いない。

 企業向けの健康経営支援サービスや産業医紹介事業などを手掛けるiCARE(東京都渋谷区)代表取締役CEO(最高経営責任者)の山田洋太医師は、「経営者が健康を損ない、適切な判断ができない状態になると、大企業では企業価値に、中小企業では事業継続に大きな影響を与えかねない」と指摘する。

 生活習慣病や感染症など身体疾患もさることながら、経営トップが特に注意すべきなのがメンタルヘルス。経営者は孤独なうえ、高度なストレスにさらされ続けるため、心の不調を来たすリスクは高いという。実際、経営者を対象とした医師相談サービスや「エグゼクティブ・コーチング」といったサービスもある。

日常動作に「ルーティン」を設ける

 過剰なストレスがかかると、どのような症状が出てくるのか。山田医師がセルフチェックに進める語呂合わせは、「ゲイツ心配おねしょ」だ。

 下に行くにつれて、ストレスの影響がパフォーマンスや判断力の低下に現れている状態。「『ゲイツ』の段階まではセルフケアで対処すれば改善する余地がある」(山田医師)。なお、身体愁訴は必ずしも不眠の後に現れるわけではなく、どの段階にも併発するという。

 ストレスによる心の不調は、自分では気づきにくい。早期に発見し、かつ不調から脱するポイントは、食事、運動、睡眠の中で自分に合った行動を習慣化することだという。「エスカレーターではなく階段を使う」といった、小さな具体的なアクションで十分。ルーティンがあれば、それが崩れたときに不調であると気付けるからだ。自分の体に対して注意を向けるマインドフルネス(瞑想)も有効だという。

 “体が資本”という言葉は、経営者にも当てはまるもの。新年の始まり、自身の健康管理を見直してみてはいかがだろうか。