こうなると、欲が出てくる。団員の声も聞いてみたい。けれど仕事に音楽活動にと多忙を極める団員のみなさんに取材に応じてもらうのは大変だろう――。そこで記者はアンケートを作成し、空き時間に記入してもらうことにした。

 最初の質問は「仕事との両立、辛くないですか?」。寄せられたのは「やはり辛い」という本音だ。

 たとえば東京公演でレスピーギ作曲「ローマの祭」のメロディーに力を入れた、ホルンの山下直人さん(24)。工場では出荷前の検査工程を担当しているが「残業後や、夜勤明けの練習は特に辛い。仕事の休憩時間に仮眠をとっているほか、仕事後はシャワーで済ませず湯船に浸かるようにしている」。

 クラリネット吹きの井上広宣さん(40)はタイヤの成型担当。辛さを乗り切るために「野菜ジュースを毎日飲んでいます」。低音のチューバで楽団を支える中村聡一郎さん(27)は「体力的には正直辛いが、練習の結果をお客さんに聞いてもらえれば、その辛さも幸せに変わる」と教えてくれた。

スペインの盲目の作曲家、ホアキン・ロドリーゴの「アランフェス協奏曲」でソロを披露した後藤司さん(38)=2016年11月21日、東京芸術劇場
後藤さんは、工場ではゴムに熱と圧力を加えて、弾力性や耐久性を高める「加硫」工程を担当している。「世界一の会社で世界一の吹奏楽団だから本当に幸せです」

 次の質問は、日々汗を流して働いているからこそ語れる「仕事にやりがいを感じるのは、どんなときですか」。最も多かったのは、自分がつくったタイヤを街で見かけたときという回答だ。

 濵本譲二さん(31、打楽器、タイヤ成型)は「高級ブランドのクルマに新車装着されているのを実感したとき」。熱と圧力でゴムの弾力性や耐久性を高める加硫工程の上田純久さん(30、トロンボーン)は「子どもがクルマのタイヤを見て『ブリヂストンだ』と話しかけてくるとき」という。ちなみにこの上田さん、東京公演ではマイクも握って「テネシーワルツ」のボーカルソロを披露したエンターテイナーだが、やはり普段はタイヤ生産に情熱を傾けている様子が伝わってくる。

 社員として働く以上、後輩の育成も重要な仕事だ。中村伸一さん(34、ファゴット、加硫)がやりがいを感じるのは「仕事を教えていた新人が、立派に仕事をこなせるようになったとき」。柴本裕一郎さん(23、トランペット、検査)も「最近、初めて新人に仕事を教える立場になった。その新人が、一人前に育ってくれたこと」を挙げる。

田中槙乃助さん(中央)はステージではアルトサックス担当、職場ではゴムの裁断工程担当

 工場勤務だからこそのやりがいとしては「生産実績をあげて、上司からほめられたとき」と田中槙乃助さん(24、アルトサックス、ゴムの裁断)。濵田晴貴さん(31、オーボエ、検査)は「生産量が多かったり、設備トラブルで生産が滞ったりした際も、仲間と協力して仕事をさばけたとき」にやりがいを感じるという。

 体力的に辛くても日々の活動を続けるために工夫しているのは、やはり団員たちが音楽を心から愛しているからだろう。一方で、音楽だけに取り組んでいるのなら、これだけの仕事のやりがいが語られることもないはずだ。この音楽家たちは本当に、タイヤと吹奏楽を両立させているのだ。

働いているからこその親近感

 この原稿を書くにあたって、ブリヂストンに関する新聞記事を検索していたら、次のようなニュースを見つけた。

 「ブリヂストンは10月17日、航空機向けタイヤの生産を増強すると発表した。21億円を投資し、2018年をめどに久留米工場における生産能力を現在の1.5倍に引き上げる。格安航空会社の増加などで航空機向けタイヤは今後も需要が見込めるという」

 新聞に載ったときは、よくある増産ニュースの一つとして、なんとも思わなかった。いまは、ちょっと違う印象を受ける。増産するとなると、吹奏楽団のみなさんは忙しくなるんだろうな。それでも音楽は続けるんだろうな――。

 「タイヤをつくっている団員たちの音楽だからこそ、聴きたいと思ってもらえる」というのは草野団長の話す通り。一方で「音楽家がつくるタイヤだから、乗ってみたいな」と思うひともいるのではないか。少なくともブリヂストンのタイヤは、黒くて丸い、ただのゴムのかたまりではない。吹奏楽団の演奏を思い出しながら、いま、そう感じている。