こういう関係にしておくと各社は自ら改善点を探し、いわば「勝手に」努力を重ね、結果的に良い製品が早く生まれることにつながる。契約内容をひたすら実行する関係ではこうはならない。「アメリカを追い越せ、追い抜け」で国を挙げて努力してきた日本らしい商習慣だし、「和をもって尊しとなす」日本文化の延長線上にあると記者は思う。

 ここに欧米の「契約」文化が入ってきた。前置きが長くなってしまったが、今回の一連の問題の背景には、この「文化のズレ」が深く関係しているのではないかと記者は見ている。つまり、こういうことだ。

「建前の数値」と「本音の数値」

 神戸製鋼の事例で考えてみる。記者が社内の人に取材したところによると、現場は品質に関わるデータ(の記入)の改ざんが「悪いことだと思っていなかった」という。取引先との付き合いが長く、先方が必要な品質を現場はよく理解していたからだ。

 現場は、契約書に書かれている「建前の数値」と、製品化された時の品質を確保する「本音の数値」が異なることを知っていた。本音の数値を十分に保証しさえすれば、建前の数値を多少ごまかしても、実際のモノ作りにはなんの影響もないと考えていたわけだ。

 無論、法治国家である以上、データの数値を改ざんすることなどあってはいけない。だが、現場の人にとっては、「契約書」という後からやってきた文化よりも、「安くて良い製品を作る」という顧客との約束を守ることの方が優先された。建前の数値にほんの少し満たないからといって破棄して作り直せば、コストや納期の面で顧客の生産に悪影響を与えてしまう。本音の数値に達していないなら論外だが、そうでなければむしろいいことだ、と。

 改ざんは絶対にあってはならないが、こう考えれば、現場が悪いことだと思っていなかった心理の説明が付く。

 仮に記者の想定が正しかったとして、不正が二度と起こらないようにするには何が必要か。最初にやるべきなのは、「建前の数値」と「本音の数値」をそろえることだろう。そこが合致していれば、現場はデータの改ざんなどする必要性を感じないはずだ。

 ただそのためには顧客との擦り合わせが必要になる。ここが最大の難関。なぜなら、顧客と擦り合わせて契約書の内容を書き換える権限を持つ人と、現場の実情、つまり本音の数値を知っている人が同じではないからだ。

 ちなみに日産やスバルのケースでも同じことが言えるだろう。どんな完成検査が現実的かを知っているのは現場だが、国土交通省にその現実を伝えて擦り合わせることができるのは経営者だけだ。