日本茶の「本場」からは伊藤園などが市場参入し、両社の牙城を崩そうと奮闘するが、今のところ実現はしていない。お茶飲料の市場シェアの8割をイチタンとオイシーが占め、商品ラインナップの改変が激しいコンビニエンスストアでも両社のお茶が大きな売り場を維持し続けている。

低所得層に向けて、大胆に甘くする

 なぜタイの日本茶は甘く、そしてなぜ本場の日本メーカーがタイ市場で勝てないのか。10月初旬、日経新聞が主催する企業研修セミナー、日経ビジネススクールがタイで実施したマーケティング講座にタンCEOが登壇し、この2つの問いに答えた。

タイの首都、バンコクの中心部から北へ80キロメートルほどの場所にあるイチタンの飲料工場。見学コースではデフォルメされた大小のタンCEO人形に迎えられる。

 タイは著しい経済発展を遂げたが所得格差が大きく、現人口の8割程度は月収3万バーツ(約10万円)以下、約3割が1万バーツ(約3万4000円)以下の収入で暮らす。タンCEOによれば、特に1万バーツ以下の層は肉体労働に従事する人も多く、糖分が足りない状態に陥りやすいという。「3日間糖分を摂取しないで甘いお茶とそうでないものを飲み比べて見るといい。甘いお茶が美味しく感じるはず」。

 そこで、こうした層に焦点を合わせて大胆に甘くしたお茶を投入した。「成功するには発想の転換が必要だった。我々が売っているのは『甘いお茶』ではなく『お茶風味のシロップ』だ」。タンCEOはこう言い切る。「一方、日本からやってきた競合は甘くしても、ほんの少し。お茶は甘くてはいけないとか、甘いお茶は許せないという考えとか、そういう固定観念があったのではないか」。

おまけをメインに据える

 イチタンは売り上げ(53億6100万バーツ、約182億円、2016年度)の9割以上をタイ市場に依存している。そこで販売網を広げようとミャンマーやカンボジア、ラオスといった周辺国への展開を強化しており、足元ではカンボジアが有望な成長市場として立ち上がりつつあるという。

 カンボジアで日本茶はまだ馴染みのない飲料だが、一方で日本の国技、相撲が人気を博している。そこでタンCEOは当初、お茶のペットボトル2本をセットにし、相撲の人形をつけて売ったという。だが思うようには売れないため、ここでも発想を大きく変えた。相撲の人形を売ることに焦点を当て、逆にお茶をおまけにして販売したのだ。結果、売り上げが伸びはじめ「カンボジア人もお茶の味のしたシロップに馴染み、商品を買ってくれるようになった」(タンCEO)。

 タンCEOは発想を変える必要を強く説きつつ、これができないことが日本企業の弱点だと指摘する。たとえば日本企業と組んで日本食レストランを展開しようとした際は「しゃぶしゃぶと寿司、焼肉を一つの店でやろうとしたら、大反対された」。だがバンコクでは今、こうしたレストランが人気を博している。また「日本製の機械を台湾製と繋ぐことも反対を受け、交渉に3年もかかった」。タンCEOがこれを実現した結果、この日本製機械は引く手数多になったのだという。

 こうした経験から「日本企業は変化について、なんでも『ダメ』だと拒否するが、まずはとにかくやってみることが重要ではないか」とタンCEOは話す。その語り口から透けて見えるのは、自ら決めた枠組みとか成功体験に執着するあまり、市場に合わせて大胆に変化できない日本企業の姿だ。

 メイドインジャパンの品質の高さはタイでも定評はある。だからこそタンCEOは日本のブランドイメージを最大限に利用して市場を作った。だが足元では日本の製造業による品質管理の不正が相次ぎ、執着してきたはずの品質に対する信頼すら大きく揺らいでいる。守ることも、変わることもできないのであれば企業の競争力は落ちるばかりだ。イチタンの教訓を産業全般に当てはめることは無理があるかもしれないが、何のために何を守るのか、一方で何を変えるべきなのか、今一度考え直し、事業展開のあり方を見直す時期が来ているのかもしれない。