青年は電車を降りた。つまり、このテロリストの論理に屈したのだ。彼が足を踏んだ犯人かどうかは分からない。彼が犯人でなかったら、テロリストの論理は無実の人をも屈服させたことになる。「自分の行為が周囲の迷惑になってはいけない」という善意の気持ちを悪用して。

 テロリストの論理は誰の心にも生まれ、育つ。そして、“被害者”となることで、一気に成長し行動を起こさせる。初老の男性は、その後、家に帰り、優しいおじいちゃんに戻っているかもしれない。しかし、少なくとも地下鉄車内で青年と争っていたあの数分間、彼の心はテロリストの論理に支配された。

望むのは煽りではなく癒し

 ここで記者の連想はやや飛躍した。

 米国の鉄鋼の町で職を失った人々は“被害者”で、自由貿易と移民は雇用を奪った“犯人”だった。そしてドナルド・トランプ氏という異端児を大統領に選び出す巨大なパワーとなった。そのことを思い起こしたのだ。

 ドナルド・トランプ氏は「白人」「キリスト教徒」「ブルーカラー」「男性」という属性を持つ人々が抱く“被害者”の心理をあおり、自由貿易や移民を“犯人”にすることで米大統領の座を獲得した。

 彼らは被害者だろうか。砂埃が舞うシリアの町で、空爆の恐怖におののきながら暮らす人々と比べた時、トランプ支持者が受けた被害は、地下鉄の駅で足を踏まれることと大差ないと考えることができなくもない。それでもトランプ支持者は主観的には“被害者”で、“犯人”を懲らしめると言うトランプ氏に救いを求めた。“被害者”意識と“犯人”の存在はかくも強い力を持つ

 メキシコを雇用を奪った“犯人”と決めつけて国境に壁を立てようというトランプ氏の公約を、文字通りに実現することは容易ではないだろう。その時、もし、支持者の一部がこの実現をトランプ氏に迫るため、トランプ氏本人や家族、さらには無関係な人々に危害を加えることで、トランプ政権を脅す行為に及んだら──。

悲しい思いをする人をこれ以上作らないために、気をつけなければいけないこと(写真:ロイター/アフロ)
悲しい思いをする人をこれ以上作らないために、気をつけなければいけないこと(写真:ロイター/アフロ)

 仮にこのような事態が起これば、トランプ氏にとってなんとも皮肉な事態ではないか。自らがあおった“被害者”がテロリストの論理に支配され、真のテロリストになって我が身を襲いにくるのである。繰り返しになるが、テロリストの論理は誰の心の中にも存在する。

 有権者が、トランプ「候補」が選挙戦に臨んで支持者の共感を得るために口にしてきた発言にこだわり続ければ憎悪の連鎖が止まることはない。トランプ「大統領」に望みたいのは、“被害者”心理をさらにあおることではなく、それを癒やすことだ。加えて、新たな“被害者”を生み出さないことである。

 もちろん記者自身も、いつ怒りに支配される“被害者”になるか分からない。日々の生活の中で生じるささいなことを過大視して、不満を抱くことはしょっちゅうだ。トランプ氏に望むことは自分自身への戒めでもある。