何か欲しいと思ったら、まずはインターネットで探す――。EC(電子商取引)が普及した今、衣料品や食料品を購入する際にまずネットで下調べし、そのまま見つかれば即購入という流れが定着している。
しかし、そんなデジタル化の流れにいまいち乗り切れていない業界がある。記者が担当している家具業界だ。「EC化率5%」。業界大手ですら、この水準にとどまっている。
EC化率が低い理由を想像するのは難しくない。家具は一度買ったら長く使うものだし、そもそも物理的に大きく重いので運ぶのに手間がかかる。比較的、単価が高いのもネックだ。それゆえ、消費者は家具を購入する際に「失敗したくない」という固い決意を秘め、「まずは実際に見てみなきゃ」と、店舗に足を運ぶこととなる。
だが、デジタル化の流れが今後も加速することは明らかで、小売業にとって避けては通れない。ここにきて、家具大手各社がECやVR(仮想現実)を自らの商流に本格的に取り入れ始めたのも、そうした背景があるだろう。アナログな業界だったからこそ、デジタル化の余地は確かに大きい。ということで早速、その現場を見に行ってみた。
VRで家具をレイアウト
東京・青山にあるフランフラン青山店。旗艦店の1つだ(写真:Nacasa&Partners Inc.)
東京・青山。流行感度の高いこの街の交差点に、フランフラン青山店(東京都港区)は面している。ガラス張りのその巨大な店舗はひときわ目を引く。
9月29日、フランフラン青山店はリニューアルオープンした。フランフランは若い女性を中心に支持を集めるインテリアショップだ。都市部を中心に全国で約130店舗展開する。青山店は旗艦店の1つとして2012年にオープンした。
リニューアルにあたって、店舗の商品数を3割削減。男性や幅広い年代に楽しんでもらえるよう、商品のラインナップも変えた。が、今回のリニューアルの目玉は、VR(仮想現実)だ。家具を自室においた場合のシミュレーションをVRで行うというのだ。
VRを体験できるのは2階の一角。ガラスで隔てられたその一角は何の変哲もない空間だ。が、ゴーグルをつけると景色が一変する。場面は、リビングダイニング。まず目に入るのがグレーのソファーだ。その先には丸いダイニングテーブル。リモコンを操作すると、場面が変わり、室内の別の場所へ行ける。家具の色を変えることもできるため、例えばグレーのソファーしか店頭にない場合でも、VRで白いソファーを試すことができる。
フランフラン青山店のVR。スクリーンに映るのは、ゴーグルを装着したときに見える場面
今回記者が体験したのは、フランフラン側が用意した部屋だが、自室でのシミュレーションもできる。利用希望者は事前に自室の間取り図を店舗に送っておき、その際に試してみたい家具も伝える。店側は間取りと家具をVRに反映し、来店したらVRでシミュレーションする、という流れだ。
今回のVRの導入にあたって、店舗従業員のトレーニングにあたった販売本部の丸山剛氏は、「家具は洋服のように試着できない。お店で見ると家具は小さく見えるが、実際に自分の家に入れたとき、思っていたよりも大きかった、ということはよくある」と語る。VRでシミュレーションすることで、そのギャップをなくす狙いだ。さらに、VRを用いることで、家具をあまり置けない小型店でも家具購入が可能となる。フランフランの店舗は都市部にあることが多いため、十分な店舗面積が取れないこともある。そのジレンマを埋めるのが、VRというわけだ。
ただ、VRの限界を感じた部分もある。例えば、室内を移動するときはリモコンで場面を変えるしかない。歩ける範囲は体感で数mほど。リビングのソファーからダイニングのテーブルまで移動したいときは、リモコンを使って場面を切り替えるだけで、実際に自分で歩いていくことはできない。
また、家具の色合いもやはり自然なものではないような気がした。「デジタルっぽさ」がどこか残っているのだ。
「手ぶらで買い物」を実現するアプリ
ニトリは、今年6月に東京・渋谷に都心最大級の店舗であるニトリ渋谷公園通り店を開業した。同店舗のオープンにあわせて本格的に運用を開始したサービスがある。「手ぶらdeショッピング」だ。ニトリのスマホアプリに新しい機能として追加された。お客はアプリ内のカメラを開き、欲しい商品のバーコードをスキャン。読み取られた商品は買い物リストに追加され、好きなときに注文できる仕組みだ。
記者も先日実際に、「手ぶらdeショッピング」を使って買い物をしてみた。ハンガーラックや収納ボックスなど全部で7点。以前なら、自分でカートに入れてレジまで運び、配送してもらっていた。店舗の中だけとはいえ、商品を運びながら広い店内を歩くのは結構大変。自分で運べないときは店員を呼ぶが、それも少し手間だった。だが、今回は商品のバーコードをスキャンするだけでよい。1階から順にまわり、20分ほどで買い物を終えることができた。
買うかどうか店舗で迷い、後日自宅でオンラインから注文しようとすると、どの商品だったのか分からなくなることがたびたびあった。だが、ニトリの「手ぶらdeショッピング」は店舗とオンラインをシームレスにつなげているため、あとで迷うことがない。
ニトリによれば「手ぶらdeショッピング」を開始後、一度に20点もの商品を購入する人が出てきたという。お客からは予想以上の支持を得ているようだ。
店舗側のメリットも大きい。従来はレジで商品を清算後、配送を依頼された商品はまた元の場所に戻していた。実際に配送するのは、倉庫から出す別の商品になるためだ。「手ぶらdeショッピング」導入により、この二度手間の作業がなくなった。
ECで家具を買うのが当たり前の時代に
「家具は実物を見て触ってから買いたい」というニーズは、物理的な制約がある以上、これからも続くだろう。一方、小売業界の流れを見ていると、家具の分野でもデジタル化が進むのは避けられない。その結果として、実店舗のショールーム化と組み合わせたEC戦略が加速するのは必至だ。
フランフランやニトリの取り組みは、一言でくくるならOtoO(オンラインとオフラインの連携)ということになる。家具業界にとってこの10年間は、ニトリやイケアの登場によって平均価格帯が引き下げられ、主に価格・品質面を軸とした競争が激しくなった時代だ。その競争が一巡した今、次の主導権争いのポイントになるのが、この「OtoO」をいかにうまくビジネスモデルに組み込むか、だと記者は考えている。
現時点では、同分野で圧倒的に成功している会社は無いように見える。実際に体験してみて、フランフランのVRもニトリのスマホアプリもまだ過渡期という印象は否めない。だが、両社ともリアル店舗とデジタル技術を組み合わせながら、顧客にとって最適な買い物の方法を模索していたことだけは間違いない。家具業界が次にどんな一手を見せてくれるのか。記者はひそかに楽しみにしている。
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