9月1日、名古屋市内に新しいデイサービス施設がオープンした。名前は「ミライプロジェクト新瑞橋(あらたまばし)」。新築の鉄筋3階建て。広く明るい印象の建物だ。
ミライプロジェクト新瑞橋(撮影:早川俊昭、以下同)
同施設を介護業界に詳しい人が見れば驚くかもしれない。業界の「常識」では考えられない、独特な間取りになっているからだ。
多くのデイサービス施設は食堂と機能訓練室のスペースを大きくとる設計になっている。このスペースの広さによって、利用者の定員が決まるという制度だからだ。そのため、スタッフの休憩スペースも狭くなる施設が多い。
ミライプロジェクト新瑞橋の設計思想は、その正反対だ。
1階は食堂と機能訓練室がある「デイサービスフロア」だ。食堂部分は開放感のある吹き抜けになっている。7台のマシンが備えられており、健康づくりをサポートする。
様々なマシンのほか、半身が不自由な人でも足こぎで運転できるクルマ椅子も用意
2階は「多目的フロア」。菜園や花壇、スタッフの子供を預かる託児室、運動ができるスタジオ、カラオケや麻雀などが楽しめる多目的室などを備える。1階と2階は屋外の階段でもつながっており、利用者が自由に周遊できる。
3階部分は丸ごとスタッフ専用。寝そべってくつろげる畳のスペースを用意したほか、女性の更衣室には、メークがしやすい照明を備えた化粧台も用意した。前述のように託児室があるのも、子供を持つスタッフにとっては大きなメリットだろう。
3階のスタッフ専用フロアにはくつろげる畳スペースも
ミライプロジェクト新瑞橋の食堂と機能訓練室のスペースは、3階建てのうち1階の一部に抑えている。さらに「制度上は81人まで利用者を受け入れられるが、定員は70人とした」(運営会社、ミライプロジェクトの牧野隆広代表取締役)という。
「きつい」「給料が安い」「汚い」の頭文字をとって3Kと呼ばれる介護業界。そこには、構造的な原因がある。収入源が介護保険であるため、売上高に上限があるのだ。利益を出すには、定員を最大限増やすと同時に、ギリギリの人員で運営してコストカットをする必要がある。
それなのに、ミライプロジェクトでは過剰とも言える設備を整えた上に、定員を自ら減らしている。これなら充実したサービスを受けられる施設利用者や、良好な職場環境で働けるスタッフの満足度は高まるだろう。だが、経営は成り立つのだろうか。
牧野氏は「キャッシュフローベースでは1年3カ月で黒字化する計画だ。だが、建物の建設費などを入れれば赤字なのは間違いない」と率直に打ち明ける。ミライプロジェクトはベンチャー支援などを手がけるかたわら不動産事業などで安定した収益を上げている。デイサービス事業に関しては、その赤字をそこから補填する構造が続くことになる。
介護事業に参入するメリットは少ないように見えるが、それでも踏み切ったのは2つの理由がある。
1つはデイサービス事業の「次」のビジネスモデルを見据えていること。「利用者としっかりとした信頼関係を築けば、新たなサービスを生み出せる」(牧野氏)。例えば高齢者の買い物や電球の付替えといった家の中に入らねばならない家事援助や、緊急時のサポート、配食など様々なものが考えられる。既存のサービスとの競合になるかもしれない。だが、デイサービス事業を通じてファンになってもらえていれば、利用してもらえる確度は格段に高まるはずだ。
介護保険の枠組みの中で考えれば売上高に上限ができてしまい、コスト削減を進めるしかない。そうではなく、デイサービス事業を顧客との信頼関係を作るための投資と考え、その基盤を活かしていかに稼ぐかという発想に切り替えれば新たな地平が拓ける。牧野氏はマイクロソフトなどを経てネット企業のエイチームを取締役として上場させた経歴を持つ。業界の外にいたからこそ、生まれる発想なのかもしれない。
といっても、もちろんデイサービス事業を軽視しているわけではない。それは2つ目の理由を聞けば納得できるはずだ。
牧野氏がデイサービス事業への参入を考えたのは、独居の母親のためだ。様々な施設を調べたが、どうもしっくりこない。「それなら、自分で理想の施設が作れないかと考えた」(牧野氏)。
牧野氏の弟の和博氏は、高齢者向けの運動プログラムの指導者などを経て介護施設の開業を支援するコンサルタントだった。「いつかは自分が現場で働きたい」(和博氏)と考えていた弟にとって、兄からの呼びかけは新しい挑戦への絶好のタイミングだった。介護業界で知り合った信頼できるスタッフにも呼びかけ、「自分の親に利用してもらいたい」と思える、理想の介護施設を目指して構想を練った。
ミライプロジェクトの牧野隆広代表取締役(右)と、ミライプロジェクト新瑞橋施設長の牧野和博氏
やっと今月オープンしたミライプロジェクト新瑞橋には、牧野氏の母親も通うことになった。スタッフの父親も利用しているという。兄弟に感想を聞くと「喜ばない親はいないですよね」と一言。まだ、運営が軌道にのったわけではない。緊張感を隠しきれない様子で取材に応対していた顔が、その瞬間はほころんでいた。
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