2つ目は「お金の不安が小さかった」である。大学の授業料・入学金は高止まりし、20歳前後の子供を抱えるだろう50代にとっても負担は大きい。年金受給の開始年齢は引き上げられ、退職金も長期的には下がってきた。だが、しっかりと資産形成に励んでいれば、役職定年による収入減を恐れることはない。

 教育関連企業に務めていたBさん(57歳)は、2年前に役職定年を迎えて部長職を解かれた。「自分でも意外なほどに意気消沈してしまい、かつての部下、後輩の下で働く気にもなれず」(Bさん)、結局会社を去った。無謀に見える決断は普段からの資産形成が後押ししてくれたものだ。

 10数年前から給与の一部で毎月、投資信託を購入。年に一度はファイナンシャルプランナー(FP)を訪れて、老後資金についても相談していた。役職定年のタイミングはアベノミクスによる株高の局面と重なり、金融資産は膨らんできた。現在は在宅で引き受けるIT関連業務の合間に、日本株のデイトレでコツコツ稼いでいるという。「経済的な余裕のおかげで辞めるという選択肢が生まれた。それでも今後、親を介護する可能性もある。逃げ切ったとは思っていない」とBさんは語る。

 話は脱線するが、役職定年とほぼ同時期にこの「親の介護」が発生しがちだ。働き続けるという選択肢を妨げることもある。SCSKでは介護休業の分割取得制度や「仕事と介護の両立」をテーマにした講座開講などを進めてきた。後者は「遠距離の介護」や「施設選びのコツ」などより実践的なものも増やしている。

SCSKの介護セミナーの様子

 3つ目は「気持ちを切り替えられた」だ。大手ソフトハウス(ソフトウエアの受託開発企業)で顧客企業のシステム開発に携わってきたCさん(56歳)。55歳を迎えた時に人事部から「若手を起用していきたい。後進の育成に回ってほしい」と告げられた。それはSE(システムエンジニア)としての“現役引退”を意味するそうだ。不満を抱えたまま後輩の指導に当たったが、しばらくすると新しい喜びを覚えたという。

 Cさんは「自分のノウハウや経験を伝え、後輩や若手が成長していく様を見るのは意外に楽しい。『ありがとう』と言ってくれる相手がクライアントから自社の人間に変わっただけ。自分は誰かに感謝されながら働くのが好きだったんだ。役職定年でそんなことに気づけた」と話してくれた。

大塚商会は役職定年を廃止

 最初に書いたように3人の話は、それなりに幸福なレアケースである。関西の広告代理店で働くDさん(59歳)は「会社は今まで散々成果主義、実力主義と言ってきた。それなのに55歳になったら突然実力ではなく、年齢を持ち出すなんておかしい」と語る。実はこの意見が最も多かった。つまり「俺たちはもっと働ける」である。特定の年齢に達したら、ポストや責任を取り上げるのはおかしいではないかというわけだ。

 企業側もこの制度との向き合い方には頭を悩ませてきた。大塚商会は2006年に役職定年を導入したものの、3年後の2009年に制度を廃止している。「仮に役職定年で給与が下がってもそれに見合う何か(やりがいなど)を提示できれば良かったが、そこは難しかった」(人事総務部の小泉茂部長)。現在、同社では部長・次長職は1年の任期制になっている。「ポストが回ってこない」という若手の不満を解消し、公平な競争を持ち込むのが狙いだ。

 役職定年に関する詳細な統計・調査は存在しないようだ。今後、導入がさらに広がっていくのか、対象年齢が上がるのか、下がるのかは分からない。ただ、経験者たちは一様に自分たちが想像していた以上のショックを受けたり、これをきっかけに人生設計に変更を加えたりしている。定年まで勤め上げるかどうかはともかく、自社の制度について知っておくのは悪いことではない。