この漁師一人に限った話ではない。特集に絡んで国内の先端的なプロジジェクトに参加している漁師を多く取材したが、魚が獲れなくなったことへの科学的分析に対して否定的な意見を持っている人は驚くほどたくさんいた。同じプロジェクトチーム内の研究者と漁師の間で意見が異なることも珍しくない。

 漁師は「乱獲ではない」と主張し、自らに帰責する資源減少を認めないことも多い。その主張の骨子は「資源が減ったと言われるようになった後も、漁獲量が増えた時期がある」ということだった。つまり、温暖化などによる海水温変化で魚の生息域が変わっただけで「魚はいるところにはいる」というのだ。

 サンマのように広範囲に回遊する魚種の資源予測は「特に不確実性が高い」(水産庁幹部)。「いるところにはいる」というのも間違いではないかもしれない。しかし、例外的事象をある程度切り落として、不確実な事象に一定の法則性を見出すのが自然科学ではないだろうか。

肌感覚を国際会議に持ち出す水産庁

 何も漁師の方々に説教をしたいというわけではない。問題はこうした漁師の科学否定の主張を国際会議の場に持ち出す水産庁の姿勢だと記者は考える。

 今春、北太平洋まぐろ類国際科学委員会が都内で開いた「太平洋クロマグロに関するステークホルダー会合」。国内外の漁業関係者が集まり、絶滅危惧種に指定されたクロマグロの漁獲規制について意見を交換する場だった。クロマグロは寿司ネタの本まぐろとして人気が高いが、漁獲量が急激に落ち込んでいる。

 会合に参加する内外の漁業者に対し、水産庁は国内漁業者の声をまとめた資料を配布した。そこには「漁師の肌感覚」として「既に資源は回復しており、漁獲枠を一刻も早く増枠すべき」という主張を掲載していた。

 国際会議で合意に至った科学的知見を「肌感覚」で否定するのは如何なものか。漁業者の自由発言という形の主張ならまだしも、水産庁が主導すべき主張ではない。この主張を押し通したいのならば、「肌感覚」を訴える漁師の漁獲データをまとめ、科学的議論の土台に載せるべきだ。

 繰り返すが、魚の資源量調査は不確実性が高い。極論を言えば、本当にクロマグロが減っているかどうかなんて裏付けのしようがない。しかし、国際会議にそんな「悪魔の証明」を持ち出しても意味がない。利害が対立する漁業者同士、或いは国同士で協調関係を結んで持続的に漁業を続けるために、科学という共通言語が必要なのだ。今後サンマの漁獲枠規制を成就させるには、水産庁のこうした姿勢はきっと弊害になる。先ほどのタバコの例で言えば、厚生労働省が「タバコは吸っても癌になりません。だって吸っても癌にならない人がここにいるじゃないですか」と国内外に喧伝するようなものだ。当然、日本は保健政策における国際的発言力を失うだろう。

 科学否定は数ある問題のごく一端に過ぎない。日本漁業の復活には、気の遠くなる程多くのハードルを乗り越えていかねばならない。