海外からの観光客をもてなしたくても、英語や中国語が分からないという言葉の壁を取り除くために、翻訳アプリなどITを活用することで問題を解決する事例が増えてきている。
政府は東京オリンピック・パラリンピックの開催される2020年に、訪日外国人客4000万人の獲得を目指している。総務省系のNICT(情報通信研究機構)を中心に設立された「グローバルコミュニケーション開発推進協議会」には鉄道会社や電機メーカー、病院など147の企業・団体が参加。外国人とコミュニケーションを取るための様々な機器が開発されており、英語から日本語、日本語から英語に音声を変換できて、首にかけられるペンダント型の小型翻訳機などサービス業の現場で使えるより便利な機器が2019年頃には実用化しているはずだ。
もっとも、外国語の翻訳はかなりの精度でできるものの、当然ながら日本人同士のように会話ができるところまではいかない。記者も含めて外国人と接する機会も少なく、外国語への苦手意識が強い接客現場のスタッフも多いはずだ。せっかく便利なツールがあっても使わずに外国人への対応を避けるケースも出てくるだろう。
問題はどうやって外国語や外国人へのアレルギーを取り除くかだ。
外国人客とのコミュニケーションに「LINE英語通訳」を活用する東京・浅草のお好み焼き店「浅草 つる次郎」では、外国人観光客向けにスタッフが写真を撮影し、プレゼントをする無料サービスを行っている。もちろん外国人観光客にとっては良い思い出ができるが、店側としてはスタッフが順番に外国人客の撮影を担当することで、外国人と接することに慣れることができる。「写真を撮影し手渡すときは、自然とスタッフの側は笑顔になるし、外国人のお客様も笑顔になる。その結果、スタッフ側には外国のお客様に接する自信が生まれる」(浜田圭二店長)。
「LINE英語通訳」で外国人とコミュニケーションを取る「浅草 つる次郎」の浜田圭二店長(写真=新関雅士)
確かに日本人は完璧主義で失敗を恐れるあまり、過度に緊張して逆に上手く対応できない場合も多い。接客に必要なフレーズだけなら限られるので、慣れれば自然と対応が可能になるし、上手く伝えられないときだけ「LINE英語通訳」を使えば済む。問題はまず物おじせずに外国人と接する度胸を身に付けることだというわけだ。
「LINE英語通訳」の画面。LINEは飲食店で働く若いスタッフにも定着しており、使い慣れているため、日本語の英語への翻訳でも「LINE英語通訳」を使っている。日本語を入力すると、その文章の次に英語が表示される仕組み
クラウドで通訳の活用も容易に
外国語が苦手な人間にとっては外国人向けの文章を作ることも簡単なことではない。グーグル翻訳などを使って、とりあえず文章を作ることができるが、問題はその文章が本当に外国人に通じる正しい文章か分からないことだ。そうした外国語による文章作成に便利なのが八楽(東京都渋谷区)の提供する「ヤラクゼン」だ。
同サービスでは日本語を入力すると、無料だと英語など8言語(有料サービスだと21言語)に自動的に翻訳ができる。特徴は入力した文章が外国語に機械翻訳されたのち、その文章が正しい文章になっているかが文章(画像では英文)の左に青、黄、赤の3段階表示されること。青い部分は過去にユーザーが正しい文章として保存したものやヤラクゼンが用意している380万の「コーパス」と呼ばれる翻訳データと一致している部分で正しく翻訳されたと考えてよい部分だ。黄色で表示されている部分は過去のデータと半分以上は一致しており、それ以下は赤字で表示される。黄色や赤色で表示された文章だけ手直ししたり、同僚の英語が得意な人に直してもらったり、有料で通訳に翻訳してもらうこともできる。
機械翻訳で可能な部分の作業を済ませて、必要に応じて有料の翻訳サービスを活用できることが同サービスの特徴だ。
日本語の議事録を英語に変換した例。英文の左に黄色や赤色が表示された部分だけ修正すれば、議事録の英文化作業が済む。翻訳した文章を保存していくことで、文章の正答率は上がっていく
通訳には3段階あり、専門分野の翻訳家に依頼する「プロ翻訳」とクラウドを活用する翻訳には翻訳者の習熟度のレベルに応じて「ビジネス」と「スタンダード」の2種類がある。価格は英語への翻訳の場合で1文字15円、10円、6円の順だ。クラウド翻訳は提携会社に登録する全世界で4万人のスタッフたちの中から手の空いている人が早い者勝ちで翻訳をする仕組みで、「200文字くらいの簡単な英語の回答例などなら1200円くらいから作れる」(八楽の湊幹取締役COO)。本格的な通訳に頼むよりもかなり安く敷居が低い。
エンターテインメント美術館「河口湖オルゴールの森」では、近郊にある富士山が世界遺産になってから東南アジアを中心に外国人客が急増し、全体の30~40%を占めるほどになっている。そこで、ヤラクゼンのクラウド翻訳を使って園内の案内図やチラシなどを英語、中国語、タイ語の3カ国語に翻訳している。「特に便利なのは3カ国語に訳す作業が24時間以内に終わること」(副支配人の堀内正一氏)。英語だけでなく中国語やタイ語でも案内できることで、以前に比べて外国人客から喜ばれていることを実感している。
外国語が使えなくても様々なツールを活用すれば、外国人をもてなすことができる。そうした経験を積んで自信を付けることができれば、日本人の外国語への苦手意識も減り、より外国人にとって魅力的な国になれるのではないかと感じている。
日本語だけでなく英語や中国語にも対応した園内の案内文を作成。別途、タイ語の案内文もある。多言語に対応することで、顧客満足度が向上した
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