7月、東京では2つの選挙が実施された。7月10日の参院選と31日の東京都知事選である。日経ビジネスでは選挙のたびに注目候補者に密着し、選挙戦の様子をリポートしている。
記者もこの数年、主要な選挙で取材に加わり、現場に足を運んで担当候補の選挙戦の様子を記事にまとめてきた。
民主党が大敗した2012年の衆院選では、田中眞紀子氏を取材。民主党から出馬した田中氏が、自民党の長島忠美氏に負け、角栄氏から守ってきた地盤を失う記録的な選挙だった(詳細は「こんな時に馬鹿な選挙、民主党の親分も利口じゃない」)。
3年前の参院選では、ワタミ創業者の渡邊美樹氏に密着。ブラック企業批判にさらされながら、辛くも当選した様子を記事で紹介した(詳細は「ワタミ、ブラック批判が続くワケ」)。
そして今回、参院選では東京選挙区で出馬した音楽家の三宅洋平氏に、都知事選では総務大臣や岩手県知事を経験し、自民党や公明党の推薦を受けた増田寛也氏の選挙活動を追った。
1カ月の間に2つの選挙戦を取材し、改めて候補者らがSNS(交流サイト)の影響力を強く意識していることを実感した。それが最も理解できるのが、有権者との写真撮影だろう。
例えば都知事選では、選挙活動の最終日に、増田氏は応援に来ていた丸川珠代・五輪担当大臣(選挙時は環境大臣)や、お笑いタレントの西川きよし氏らと、都内の主要なスポットを回っていた。
知名度の高い西川氏や丸川氏が現れると、足を止める有権者も多い。すると選挙スタッフらは有権者にこう声をかけていくのだ。「どうぞ、一緒に写真を撮ってください」。そして「ぜひ、フェイスブックやツイッターにアップして、お友達にも伝えてください」と続ける。
東京・原宿で記念撮影をしていた増田氏らの陣営(撮影:竹井 俊晴)
上の写真は、選挙戦最終日の午後、東京・原宿を訪れた増田氏らの様子だ。候補の増田氏のほかに、丸川氏や西川氏、さらに参議院議員になったばかりの朝日健太郎氏らが、有権者を取り囲んで記念撮影。選挙スタッフらは撮影が終われば、フェイスブックやツイッターにその画像をアップしてほしいと声を掛けていく。
若者が多い街で、果たして丸川氏や西川氏、朝日氏らの知名度は通用するのかとも思ったが、若者らは特に西川氏に反応。「西川きよしがいる!」と声をあげ、記念撮影をお願いしていた。
7月の参院選で当選したばかりの朝日氏も、自身の選挙戦ではSNSの拡散力を期待して、有権者らと積極的に記念撮影をしていた(詳細は「参院選に都知事選、記事には出ない選挙戦の裏側」)。
日本でインターネットを使った選挙運動が解禁されたのは2013年のこと。以降、選挙戦に出馬する候補らは、自身のサイトやSNS、動画共有サイトなどを積極的に活用している。同時に選挙活動中は、有権者らと一緒に写真を撮ったりして、SNSによる露出の増加を増やそうと工夫を重ねている。
どの候補者も自身のサイトを作り、そこで政策や基本理念、プロフィールなどを公開している。最近では演説の動画や、フェイスブックやツイッターといったSNS の公式アカウントも用意し、選挙期間中は日々の活動の様子などを公開している。
その意味では、どの候補もネットをそれなりに活用していると言えるだろう。多くの候補が「一緒に撮影を」「SNSにアップしてください」などと有権者に訴えるようになったのも、SNSの拡散力を評価しているからに違いない。
そんな中でも、特にネットの拡散力が大きかったのが、参院選に出馬した三宅洋平氏だった。三宅氏は音楽と演説を組み合わせた独自の選挙運動「選挙フェス」を強みに、選挙活動最終日、東京・品川で開いた選挙フェスでは約2万人を動員したとも言われている。
三宅氏の選挙フェスの様子。品川駅前に多くの有権者が集まった
今回の選挙で三宅氏の当選は叶わなかった。だが得票数は25万以上にのぼり、「想定以上に票を集めた」と評価する関係者の声もある。そして、この25万票に大きな影響を与えたのがネットの拡散力だった。
三宅氏のネットでの影響力はほかの候補者と比べて群を抜いていた。参院選の活動期間中、三宅氏の名前は、インターネットの候補者別検索数の中で、トップ当選を果たした蓮舫氏を抜いていたという。さらに選挙期間中の6月23日、JR高円寺駅で開かれた「選挙フェス」の様子は、動画共有サイトYoutubeで、これまでに75万回も再生されている。
確かに三宅氏のサイトなどを見ると、ほかの候補とは様子が違う。例えばYoutubeにアップされている「選挙フェス」の動画は、単に候補者が話す様子を撮影したというよりも、ミュージシャンのライブ映像のように撮られている。プロモーションビデオのように編集されたものもあり、政治家の演説を聞いているという感覚なし、三宅氏の演説を聞くことができる。
若い世代を中心に、選挙に興味のない層でもアレルギーを持たずに視聴できる工夫がなされているのだ。これが新鮮だと、選挙期間中、次々にSNSなどで拡散されていった。
フェイスブック、ツイッターよりもライン、インスタ
三宅氏自身も選挙期間中、その手応えについて、「以前(2013年に出馬した参院選)はリアルとネットの違いをまざまざと感じさせられた。けれど今回はネットでの盛り上がりが現実の手応えと近づいている」と語っている。それだけネットの影響力が現実の選挙活動にも影響するようになったということだろう。
さらに三宅氏は選挙中に活用するSNSのツールにも工夫を施していた。三宅氏を支持するのは若年層が多い。そこで三宅氏らの陣営は若年層にきちんと響くよう、SNSの戦略を練っていた。
三宅氏は「フェイスブックもツイッターもおじさんがやるもの。若い人たちはLINEやインスタグラムを使う」と説明。LINEを活用して、有権者が自分のLINEに登録している知り合いや友達に、三宅氏への投票を呼びかけられるようなツールを用意していた。
選挙フェスの様子をライブ映像のように撮影して動画共有サイトにアップしたり、活動の告知や報告そのものも音楽フェスのチラシのような形で打ち出したりした狙いについて、三宅氏は次のように説明していた。「若い人にとって選挙は政策論争よりも“性格論争”。どの人が自分とぴったり来るかが重要になる。その候補者のたった1枚の写真で、『この人いいな』と思われるかどうか。若い子たちは『政治はファッションじゃないんだ』という声には屈しないし、音楽やカルチャーに親しむ感覚で、政治にも近づいている」。
だからこそ、これまで政治に興味を持たなかった若い子のアンテナに触れさせるため、動画や写真の見せ方にこだわり、彼らに最もフィットするSNSで拡散させていった。
Youtubeを見て駆けつけた山本KID徳郁氏
三宅氏らのネットでの影響力を象徴するエピソードの1つが、選挙活動の最終日、応援に駆けつけた格闘家・山本KID徳郁氏の存在だろう。
この日の応援演説で、山本氏は自分がこれまで政治に一切興味がなかったと明かしている。けれども今回の参院選では、海外に住む外国人の友人から、「面白い奴が選挙に出ているから見てみろ」と三宅氏の選挙フェスの動画を紹介されたのだという。たまたま、それを見て共感し、山本氏は三宅氏の選挙応援に駆けつけた。それまでは面識もなかったという。山本氏のケースと同じようにネットやSNSを通して三宅氏の存在を知り、投票した層がいたからこそ、25万以上に獲得票数が伸びたのだろう。
投開票日の深夜、落選が確実になると、三宅氏は彼を応援してきた参議院議員の山本太郎氏と共に支援者の前に姿を現した。
パソコン片手に支援者の前に姿を現した三宅氏。落選したが、さほど沈痛な様子はなかった(撮影:竹井 俊晴)
マックブックで開票速報などを見ながら、三宅氏は「今回はアナログ選挙とデジタル選挙のハイブリッド型で選挙を戦ったけれど、ネットを通して全国に波及したものは確実にある」と語った。その様子は、SNSなどを活用したネットでの拡散力について、自信を深めているようでもあった。
ネットでの選挙活動が解禁されて3年が経った。多くの候補者が今なお、「一緒に撮影を」などと訴え、SNSでの露出を増やそうと苦心している。けれどもさらに拡散していくためには、三宅氏らのように、ネットをよりうまく活用する手もあるのではないだろうか。
次の選挙では、それぞれの候補がどのようにネットでの戦い方を進化させていくのか。楽しみでもある。
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