7月に米ニューヨーク証券取引所と東京証券取引所第1部への同時上場を果たしたLINE。その約83%の株式を保有する親会社、韓国インターネット大手のネイバー本社を訪問した。
韓国ネイバーの本社ビル「グリーンファクトリー」。新興企業が集結するソウル郊外にある。2010年に竣工、移転した
ネイバーは韓国で、米グーグルの攻勢にも負けず、7割以上の検索シェアを誇っている。設立はインターネット黎明期の1999年で、検索を軸に韓国ナンバー1の総合ネット企業へと成長した。
検索のほかにも、Q&Aサイト、地図、ブログ、コミュニティ、ニュース、マンガ配信、韓流アーティストの動画配信など、首位のサービスをいくつも抱えており、韓国では日本の「ヤフー」に近い存在と言える。大手就職サイトの調査では、大学生が就職したい企業のランキングでサムスン電子を抜き、直近の2年連続で1位となった。
韓国の人口は約5000万人と日本の半分以下。海外市場に成長を求め、今はLINEがけん引する。2015年度(12月期決算)の連結売上高は約3兆2500億ウォン(約3000億円)。日本のヤフーの半分弱だが、時価総額は23兆4000億ウォン(約2兆1300億円、8月3日時点)とヤフーに迫る。連結子会社のLINEの価値が高く評価されているためだ。
その総本山、「グリーンファクトリー」と呼ばれるネイバー本社ビルは、想像以上に韓国での存在感を誇示していた。
世界中の雑誌を集めたマガジンコーナー
韓国・ソウルの中心部から南東に車で約30分。巨大な高層マンション群が立ち並ぶ新興のベッドタウン「盆唐(ブンダン)」の中心部に着いた。「韓国で最も住み良い都市」と言われ、近年では高所得者にも人気という。ネット企業やベンチャー企業も集まるその都市に、地上27階建てのグリーンファクトリーがそびえていた。
グリーンファクトリーの正面玄関。従業員のほかに、地域住民なども出入りしている
訪問したのは平日の午前9時過ぎ。出勤する社員の姿がちらほらと見える。単体で約2400人の従業員がいるが、定時がないフレックス勤務制度。部門によっては、成果さえ出せば自宅でもどこでも勤務可能のため、全員が出勤してくるわけではないという。
さらに、グリーンファクトリーには従業員や取引先のほかに、地域住民や観光客なども出入りしている。1階のカフェと図書館を一般にも解放しているためだ。中に入ると、企業というよりは、商業施設に入ったような明るい印象を抱いた。
ネイバー本社の受付。ブラウンやムーンといったLINEキャラクターが出迎える
LINEグッズも売られているカフェ&ストア。知的障害者に働く場所を提供している
LINEのキャラクターが飾られている受付に向かって右手がカフェ&ストア、左手が図書館という構成。カフェは、世界中の雑誌を集めたマガジンコーナーと一体となっており、誰でもコーヒーなどを飲みながら自由に雑誌を読むことができる。
ファッション誌から自動車専門誌、科学技術専門誌まで、世界中の主要雑誌、約290種類が、分野ごとに置かれている。各所にある案内は、韓国語に加え、英語、日本語、中国語の4カ国語で表示。海外からの来客や観光客の訪問も多いためだ。
その一角、「経済・ビジネス」というコーナーには、「フォーチュン」や「フォーブス」に並び、「日経ビジネス」も置いてあり、思わず嬉しくなってしまった。
カフェ&ショップに併設されたマガジンコーナー。「日経ビジネス」も置いてあった
歯磨き専用部屋に、エコなエレベーター
図書館の規模はさらに大きい。韓国語の書籍を中心に約3万冊の蔵書数がある。吹き抜けになっており、開放感は抜群。デスクもたくさんあり、身分証(外国人はパスポート)を提示すれば、平日の午前9時から午後9時まで、休日は午前10時から午後5時まで、誰でも自由に利用できる。
ネイバー本社1階にある図書館の入り口。身分証を提示すれば、誰でも自由に利用できる
1階と2階のフロアがあり、開放感のある吹き抜けの空間が広がる
案内してくれた広報担当者によると「一般の方がなかなか手が届かない高価な書籍も揃えている」とのこと。新刊コーナーでは、1冊10万円以上もする英語のデザイン関連書籍などがフィーチャーされていた。
2階には、ネット企業らしくプログラミング関連などの技術専門書が充実。エンジニアの従業員もよく利用しており、新規に置いて欲しい書籍のリクエストも受け付けているという。
さらに、2階の一角には視覚障害者などが利用できるパソコン部屋も。障害者に適したキーボードや、「点字ディスプレイ」などが設置されていた。広報担当によると、地域住民や社会との共生を大切にしており、その姿勢を図書館の随所で表現しているのだという。
広いエリアの各所にデスクが設置されており、勉強や読書など自由に過ごすことができる
障害者のためのパソコン部屋。「点字ディスプレイ」など多くの特殊な機器が設置されていた
次は、一般人が立ち入れない従業員エリアに入っていった。
オフィスフロアの印象は、よくあるネット企業。企業カラーの緑が目立ったほか、かなりゆとりのあるレイアウトだと感じた。珍しかったのが、トイレとは別に設置されている歯磨き専用の部屋。「チカチカ(歯磨き)」という部屋が各フロアに設置され、従業員はマイ歯ブラシを置いている。歯磨き粉や液体歯磨きなどもたくさんあった。
余裕のあるオフォスフロア。緑色の傘のようなものは、従業員のあいだで自然と流行っていったという
歯磨き専用の部屋「チカチカ」には、従業員がマイ歯ブラシを置いている
エレベーターも珍しい。エレベーターを呼ぶ上下ボタンの代わりに、ディスプレイが設置されている。行き先フロアの数字をタッチすると、複数機あるエレベーターのうち、このエレベーターに乗りなさいとの指示。エレベーター内にもボタンはなく、行き先フロアに着いたら降りる、というシステムだ。
「コンピューターが最適なルートをリアルタイムで計算するエコなシステム。ほかの大手企業がマネをしたいとよく見学に来ます」と広報担当。このエレベーターで4階へと移動した。
「ビオトープ」がつなぐ休憩スペース
4階には、コンビニやカフェ、診療所、シャワー室など、あらゆる福利厚生関連の機能が集まっている。保険や旅行の代理店も入っており、公私で利用可能。ここで出張を手配した場合は、経費精算の手続きを省くことができるという。
どの時間帯も賑わっていたカフェ。従業員向けの社食やコンビニとは別で、本格的なコーヒーなどが安価に購入できる
4階には福利厚生関連の機能が集約されており、それらを案内するインフォメーションカウンターもある
こうした機能が集約されているエリアと、従業員がくつろぐエリアは少々、離れている。2つのエリアをつなぐ導線には、緑が生い茂っていた。従業員が少しでもリラックスできるよう、本物の植物と水を配した「ビオトープ」を設置しているのだという。
本物の植物と水を配した「ビオトープ」。従業員がくつろげるエリアに続いている
ビオトープを抜けると、開放的で明るい雰囲気の休憩スペースが広がっていた。打ち合わせスペースや会議室などはオフィスフロアにあり、ここはあくまでもくつろぐ場所。ただし一角にはテントも張られており、中で打ち合わせをしている従業員もいた。気分転換がてら、打ち合わせに利用することも多いようだ。
さらにこのスペースは屋外へも続いている。図書館がある低層部分の屋上にあたり、広々とした空間が広がっていた。
従業員向けの休憩スペース。カフェで買ったコーヒーなどを手に、思い思いのスタイルでくつろいでいた
グリーンファクトリーを駆け足で見学して感じたのは、「この会社は人にやさしい」ということだ。それは、「見た目」以外の部分でも感じることができた。
「女性差別が最も少ない企業」に選出
「いかに従業員が快適に仕事ができるか、常に組織のあり方を変え続けています。韓国では転職が頻繁。自ら組織を変化させないと生き残れないことを自覚しているのです」
そう話すのは、マーケティングとPR担当のバイスプレジデントを務める蔡ソンジュ氏。彼女は社内で26%いる女性管理職の1人。「女性にやさしい職場でもあり、会社や上司の顔色を気にすることなく利用できる制度作りを徹底している」と強調する。充実した産休・育休制度のほか、自動車通勤をする妊娠中の女性は、駐車を代行してもらえる「バレットパーキング」のサービスを受けられるなど、女性への気遣いは細やかだ。
甲斐あってネイバーの女性比率は41%、産休復帰率は85%と高い。女性役員比率は、韓国トップ500企業の平均2.6%を大きく上回る17%。韓国の経営成果評価サイトの「CEOスコア」では、「女性差別が少ない企業」のランキングでネイバーが1位となっている。
ネイバー創業者の李海珍(イ・ヘジン)氏。広報担当者に「会長を受付の中に入れた記者さんは初めて」と驚かれたが、物腰がやわらかく謙虚な李氏は、撮影時も様々な注文に快く応じてくれた
こうした「やさしさ」の根底には、ネイバー創業者でLINE会長も務める李海珍(イ・ヘジン)氏の考え方がある。
「変化に適応できる柔軟性と、各自の自主性を重んじることが大事。ルールを守り、責任感と情熱があるという前提で、従業員には思う存分、自由に仕事をしてもらいたい」。李氏はそう話す。
確かに今回の訪問で、コストカットや管理に追われ汲々とせず、皆が自由闊達に伸び伸びと仕事を楽しんでいる印象を抱いた。そうした空気が、日本でLINEという会社を生み、隆々と成長するに至った1つの要因にもなったのだろう。次に再訪する時にはどんな変化がグリーンファクトリーに起きているのか、楽しみである。
(李氏インタビュー「LINE上場、親会社ネイバー創業者が初めて語る」、「『LINEは日本企業』、韓国親会社トップが言明」も合わせてお読みください)
■変更履歴
記事掲載当初、4ページ目で「崔ソンジュ」としていました。正しくは「蔡ソンジュ」です。お詫びして訂正します。[2016/08/04 13:50]
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