では、ICERの基準値をどう設定するのか?ここでようやく、冒頭の国民調査が登場する。ICERの値が大きいか小さいかを判断する基準値の1つとして、国民調査の結果から算出した「支払い意思額」が使われる予定だ。支払い意思額のほかに、国民1人当たりGDPや諸外国の実態も参考にする。

 7月12日に開かれた専門部会で、厚労省は調査票の案を初めて提示した。それが冒頭の内容だ。ちょっと想像してみてほしい。「ある人が病気にかかっており、死が迫っている」という前提で、完全に健康な状態で1年間だけ寿命を延ばせる新しい治療法が開発された。治療費は公的医療保険から支払われる。治療費がXX円である場合、支払うべきかどうか、「はい」か「いいえ」のどちらかで答えよ――。

 具体的に提示する金額はまだ決まっていないが、異なる金額を2回提示して2回答えてもらうことで、集団としての「受諾確率」を算出するという。「私だったらXX円まで払うべきだと思う」という個人の最大支払額を推計できるものではない、と厚労省事務局は説明する。

「死が迫った患者を1年延命」質問項目に反対意見続出

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 この調査の質問項目に違和感を抱く読者は少なくないだろう。実際、専門部会でも、医師や保険者を代表する委員から否定的な意見が相次いだ。

 「死が迫っているという前提条件の下では、完全に健康になるならいくらでも支払うと考えるのが一般的ではないか」

 「1年間だけ延命できるというのは、1年たったら亡くなることを想定するのか」

 「回答者の年齢や所得、自分や家族が今、病気にかかっているかどうかなど、かなりのバイアスがかかる。それなのに3000人規模の調査で、国民の総意としていいのか」

 「現実的には、負担額は1割か3割。高額療養費制度もある。公的医療保険でいくらまで支払うべきか尋ねられても、それが自己負担額や保険料にどれくらい影響するかイメージできず、自分事として考えにくいのでは」

 傍聴している立場でも、この国民調査の実現がいかに困難なことかを想像して気が遠くなってしまった。

 医療保険制度への理解が不十分な中で、このような調査を行うことは時期尚早だとする意見にも一理ある。しかし、費用対効果が良いか悪いかの基準値を設定するために、何らかの形で国民調査は行わなければならない。これは決定事項だ。

 厚労省は専門部会で挙がった意見を基に、調査票をブラッシュアップしていく考えだ。今後、複数回にわたって専門部会で議論が続くだろう。ただ、調査を実現させるためには、「時期尚早」とされ続けてきた国民の議論を今こそ活性化させることが不可欠だと、記者は思う。