10日に開票された参議院選挙では、自民党や公明党が過半数の61議席を上回る70議席を獲得した。参院選の結果は今後の国会運営や政府の経済政策に関係する可能性もあるため、日経ビジネスも注目。4月に北海道で実施された衆院補選に引き続き、候補者に密着した(前回の記事)。
記者は東京選挙区から自民党の候補として出馬した元オリンピックバレーボール選手の朝日健太郎氏に選挙戦終盤から投票日にかけて密着してウオッチした。朝日氏は64万4799表を獲得し当選。詳細な結果や分析については別の記事にゆずり、選挙戦を通じて感じた記事には出ない部分に焦点をあてて紹介していく。
写真を撮ってください
朝日氏に密着してまず気づいたことは、陣営が積極的に朝日氏の写真を撮らせようとしていることだ。候補者が握手して回るのはよく見かけるが、朝日氏の場合は握手と撮影がセットのようになっており、陣営の担当者が積極的にカメラマン役を買って出ている。さらに選挙カーの上から演説しているときも「撮影されたい方は前の方へどうぞ」「撮影した写真はSNSなどに掲載しても問題ありませんので、ぜひ!」と声をかける。
なぜ積極的なのかを陣営に聞くと、「新人で地盤もなく当選確実ではない状況なので、やれることは何でもやりたいから」との返答。かなり危機感があるようだ。朝日氏と撮影した一般の方に話を聞くと「自分と朝日さんの身長差が大きいのが面白い。SNSに掲載するつもり」と話してくれた。朝日氏の身長は199センチ。確かに街頭でも頭二つほど抜けていて目立っていたので、見栄えがする候補者の場合は露出をあげるために有効だと感じた。
知名度と見た目で人が集まる朝日氏だが、例外もあった。8日夕方に秋葉原のヨドバシカメラ前で演説した時だ。選挙カーの周りに人は集まらずガラガラ。多くの人は遠くから見守るような格好になっていた。朝日氏と元プロレスラーで文部科学大臣の馳浩氏という有名人二人が演説するだけに不思議な光景だった。その理由はあとから分かった。四方を見回すと、黒いスーツを身にまとった屈強な男性が10人ほど選挙カーを囲んでいる。SPと言われる人たちだ。威圧感がすごく、近寄りがたかったようだ。皆片手には黒いパソコンケースのようなものを持っているので、後からそれは何かと聞いたら、「防弾」と短く返事してくれた。
秋葉原での演説を終えた朝日氏は、すぐに上野駅前に移動して再び街頭演説を始めた。ここでは同じく自民党から比例代表で出馬していた伊藤洋介氏との二人街頭演説だった。伊藤氏は東京プリンとして歌手活動をしていた有名な方だが、プリンのかぶりものをしていなかったので最初は誰だか分からなかった。街行く人も同じ反応で、朝日氏には人が集まるものの、伊藤氏にはあまり関心がないようだった。有名人二人を集めて露出を図ろうとしていたようだったが、百戦錬磨の自民党陣営でも狙った通りにはいかないこともあるのかと感じた。
SPEED今井氏も原宿ではイマイチ
選挙最終日の9日、朝日氏は外苑前にいた。SPEEDの今井絵理子氏と二人で演説するためだ。演説前にはこの二人が来ることに加え、TRFのSAM氏も応援演説に駆けつけることが何度もアナウンスされていた。ちなみになぜSAM氏が来るのかを陣営の1人に聞くと、その人は衆院議員の菅原一秀氏で、「実は若いころSAMとダンス仲間で、そのつながりで応援にきてもらった」と明かしてくれた。
有名人三人がいるだけに道行く人が足を止めていたが、残念ながら休日の外苑前は人通りも少なく、大盛り上がりとはなっていなかった。SAM氏を含めたこの三人はその後、明治神宮前の交差点へ移動。休日の神宮前は人通りも多く、「SAMだ!」「SPEEDめっちゃ好きだった」といった声があちこちで聞かれ、こちらは盛況だった。
その一方で、意外な反応も多かった。原宿にも近い神宮前は、通る人の大半が10代から20代。朝日氏や今井氏を知る世代ではないのか、写真を撮りながらも「え~、あれ誰?」とつぶやく人が続出。年代的にSAM氏や今井氏の人気絶頂期を見ていた記者としては、驚いた。外苑前といい神宮前といい、場所選びは重要なのだと感じた。
朝日氏の街頭演説の締めは、秋葉原のガンダムカフェ前だった。安倍晋三首相や麻生太郎氏が駆け付けたこともあり、移動が困難なほどの大盛況。候補者の朝日氏や応援演説の安倍首相や麻生氏よりも目立っていたのが、司会役だった参院議員の丸川珠代氏だった。演説の最初と最後に登場した丸川氏はあおるような口調で話し、観衆からは「丸川さん、気合入っているな」といった声が漏れてきた。
朝日氏に“池上無双”がさく裂
明けて10日の投票かつ開票日。午後6時ごろから明治神宮前駅近くにある朝日氏の選挙事務所には支援者や報道陣が徐々に集まり始めてきた。テレビカメラやスチールカメラで撮影するための熾烈な場所取り合戦が行われ、記者も何とか一席を確保した。朝日氏の陣営は疲れた様子の人が多かった。陣営の一人が「選挙疲れに加えて、昨日の選挙活動終了後に打ち上げの飲み会を行い、深夜までかかったからだよ」と教えてくれた。
投票締め切りの午後8時、支援者らは食い入るように事務所のテレビを見つめる。すぐに東京選挙区6議席のうち、4議席の当確が出た。朝日氏はそこには入っていない。焦る陣営だが、その後に現状5番手の得票であることが報じられると、「(ボーダーラインの)6位争いでないなら安心だ」など大きな歓声があがった。「手のひらを前に向けないで両手を挙げてくださいね」。勝ちを意識した陣営からは、万歳三唱のやり方が支援者にレクチャーされた。
その後、8時15分ごろにTBSがいち早く朝日氏に当確を出すも陣営は無反応。どうもNHKの選挙速報を重視しているようだ。朝日氏の妻と子どもも事務所入り。子どもが無邪気にはしゃぐ様子に事務所内がなごむ。9時ごろに朝日氏も事務所へ到着。前には支援者が座っているので朝日氏の写真を撮ろうと少し立ち上がると、テレビカメラの担当者に激ギレされる。選挙会場だといつもテレビカメラの担当者は強気だ。
到着した朝日氏は支援者とともに当確を待つ。9時40分にNHKが朝日氏に当確が出た。一気に盛り上がる会場。支援者から花束を受け取った朝日氏が当選のあいさつをしたあとに、先ほど練習した万歳三唱が繰り返された。
ここからはテレビ各社のインタビューが始まる。会場を見回すと、テレビ朝日やTBSは有名な女子アナを投入していた。テレビ東京は小島瑠璃子氏、日テレはジャニーズの小山慶一郎氏と有名人が多く事務所を訪れた。その場で知人の民放関係者に理由を聞くと、「東京の参院選は地味な候補者ばかりなので、華のある候補者にはアナウンサーやキャスターを行かせるものだ」と教えてくれた。
小島瑠璃子氏は事務所入り口でのリポートのみで、朝日氏とは池上彰氏と中継でのやり取りだった。池上氏の質問が何だったかは現場では分からなかったが、“池上無双”と呼ばれる鋭い質問を受けたのは分かった。中継後に朝日氏が苦笑しながら「池上さんにいじめられちゃったな」とつぶやいたのが印象的だった。調べると当選後に所属する委員会名が答えられず、厳しく突っ込まれたようだった。
一通りテレビ局のインタビューが終了した後、新聞社によるカコミ取材が行われた。多く質問が出たのは「改憲」について。朝日氏は「党の方針に従う」「まだ議員になっていないので改憲の議論をしたことがなく、答えられない」と正面から答えなかった。不安を感じさせたが、60万票を超える都民の票を獲得したことは事実。6年の任期を進歩なく過ごすのか、政治家としてしっかり活動していくのか、今後もチェックしていきたい。
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