あらゆるモノがインターネットにつながる「Internet of Things(IoT)」。電機やIT業界回りを担当しているからか、最近の取材では必ずと言っていいほど「IoT」という単語が出てくる。IoT対応の半導体、IoT向けのプラットフォーム、IoT家電……。まさに「猫も杓子もIoT」だ。
しかし、バズワードでもあり消費者目線でみると「で、IoTって結局何?」と思う人も意外と少なくない。実際、長野県に住む母親に「IoTってよく聞くけど、何のこと?」と聞かれた際、「工場同士をインターネットでつなぎ生産効率を上げたり、町全体のインフラをネットでつなげ生活を豊かにしたり……」と答えたがあまりピンときていないようだった。ネットに接続している冷蔵庫や電子レンジなどの家電は分かりやすいが、来るIoT時代を説明するには少し物足りない。アッと驚く突飛な物がネットにつながることを伝えないといけない。コンセプトモデルでは現実味が薄いので、実際に商品になっていることも必要だ。
オランダの半導体ベンチャーが開発したパンツ
「実家の母親が分かるような、あっと驚くネットに接続するモノ……」
そんなことを考えていた際、オランダの半導体ベンチャー、Lifesense(ライフセンス)グループを取材し、「これだ!」と思う代物に出会った。ライフセンスが開発したネットにつながるパンツこと、「Carin(カリン)」だ。パンツなら恐らく誰もが毎日着用しており、最も身近なモノであることは間違いない。そのパンツがネットにつながると言えば、母親も想像しやすいはずだ。
ライフセンスが発売しているネットにつながるパンツ「カリン」
一体何のためにパンツをネットにつなげるのかと思うかもしれないが、カリンの概要を説明する前にライフセンスの会社概要について触れておきたい。
ライフセンスは、IMEC(Interuniversity Microelectronics Centre)というベルギーの半導体研究所出身のバーラー・ポップを中心に昨年7月に設立されたベンチャー企業。IMECの半導体技術をヘルスケア部門で生かすことを目的にスピンアウトした。今年1月に設立した日本法人のライフセンスグループジャパン(LSGジャパン)は、日立製作所出身でライフセンスの共同創業者でもある米山貢氏が代表を務める。「IMECで培った半導体技術を、研究だけではなく実生活、なかでもヘルスケア部門で活用したいと考えた」。米山代表はIMECからスピンアウトしライフセンスを創業した背景をこう語る。
センサー技術をヘルスケアに。その思いでライフセンスが注目したのは、尿失禁だった。
同社の調査によると、尿失禁に苦しむ患者は全世界で4億2000万人にも及ぶといい、その多くが女性。尿失禁の原因の多くは、「急に立ち上がったときや重い荷物を持ちあげた時、咳やくしゃみをした時など、お腹に力が入ったときに尿がもれてしまう腹圧性尿失禁」(日本泌尿器科学会)。膀胱を抑える筋肉が緩むために発生する。高齢者だけと思われがちだが、出産を機に腹圧性尿失禁を患う人も多く、日本では女性の4割を超える2000万人以上が悩まされていると言う。しかし、「尿失禁に悩む女性は多いが、皆恥ずかしくて我慢している人がほとんどで、悪化する一方」(ライフセンスのポップCEO=最高経営責任者)。そんな女性の悩みを解決したいと考えたのが、「カリン」の開発に着手したキッカケだ。
日本では年内に発売
厚さ約2mmの基板上に、薄型尿検知センサーやリチウムイオン電池を搭載。100円玉2枚分の大きさのセンサーモジュールを吸水性の高いパンツのポケット部分に装着し、尿漏れを検知する。
パンツに装着する小型センサー。数千人のモニター調査の結果、9割に近い女性が装着時に違和感を覚えなかったと言う。
小型センサーは尿が漏れた際に、その量と時間の情報をブルートゥース(近距離無線通信)でスマートフォン(スマホ)側に送信。尿の量や回数のデータに応じて最適な「骨盤強化トレーニング」の動画を用意。利用者はスマホを使って動画を見ながら、骨盤を鍛えるトレーニングができる。軽症の場合、トレーニングを続ければ3カ月程度で効果が見られるという。「日々検知を続けていることで、尿漏れの量が減った、増えたというのが目に見えて分かる。ダイエットと同じで、モチベーションのアップにつながる」(米山氏)。
ネットを使った小口の資金を集めるクラウドファンディングでは、大手サイト「キックスターター」で目標額の1.5万ユーロ(約170万円)の資金を調達。昨年欧州で販売を開始し、249ユーロ(約2万8000円)と高額にも関わらずデザイン性の高さなども評価され売れ行きは上々だ。今年末には日本でも販売する計画だと言う。量産効果で今後は価格も下がる見通しだ。
尿失禁を治療するためのトレーニング用ビデオがあり、量などに応じて最適なトレーニングを提案する。
調べてみると、海外では他にもアッと驚く身近なIoT製品があった。
企画制作会社のCHAOTIC MOONが開発したスマートパンツ「NotiFly」は、ズボンのチャックが開いているかどうかを知らせてくれるウェアラブルズボン。チャックとボタンの部分にセンサーが搭載されており、チャックが開いていると感知した際にスマホにアラート情報を送ると言う。同機能以外はないという、なんともシンプルな作りだ。まだ商品化されていないが、実際に発売されたら父の日に父親にプレゼントしたら喜ばれるかもしれない。
技術の進化が後押し
センターの小型化や通信モジュールの進化、通信速度の高速化、そして汎用化が進んだことで、様々なモノにセンサーを搭載し多様な情報を収集できるようになってきた。アイディア次第で、ベンチャー企業にとっても大きなビジネスチャンスが生まれる。IoT時代に、いかに消費者に驚きを与える「Things(モノ)」を作っていくか。今後大手、ベンチャー問わず開発競争は激しくなりそうだ。
ちなみに実家の母親に上記2つの製品について伝えてみた。「すごい!そんなことができるの!それもIoTなのね」と驚いていてくれたが、
「でも、お母さんスマホ持ってない」
「……」
スマホの有無に関係なくIoTを感じる製品が今後増えることを期待したい。
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