中村氏は旅行会社の営業マンを経て相続手続支援センター名古屋を起業。行政書士資格を持つほか、フィナンシャルプランナーの資格も保有している。

 支援センターのウリはワンストップでの相続支援だ。中村氏によると、相続には不動産の名義変更や銀行預金の移し替えなど、108種類の手続きが必要だという。さらにその業務は複数の士業の担当分野にまたがっている。相続税なら税理士、遺族年金手続きなら社会保険労務士といった具合だ。同社は提携する各士業と連携して必要な手続きを一括して受け付ける。

 このうち中村氏が行政書士として取り組む最も大きな仕事は、遺産分割協議書の作成だ。遺産分割協議書は、相続を親族が争う「争続」に発展させないための鍵を握る。親族が争った場合、関与できるのは裁判で代理人となる弁護士だけになる。しかし、弁護士はあくまでも依頼を受けたどちらか一方の利益の代弁者であり、仲裁者ではない。「それだけに、それぞれの遺族の納得を得るには、分割協議によって問題の根をあらかじめ刈り取っておくのが重要です」(中村氏)

第三者の視点から冷静に分割方法を決める

 相続では当然、遺族の複雑な感情が絡み合う。例えば3兄弟が遺族となった場合、亡くなった親と同居して介護を担ってきた長男は、取り分を増やしてほしいと考える。一方、次男は長男が管理していた親の預金が不自然に減ったと思い、不信感を募らせる。たまにしか実家に顔を出さない三男は、口うるさい長男、次男よりもむしろ親に可愛がられ、相続について有利になるよう、親と口約束していた。それぞれの思惑があり、こんなケースは争族に発展するリスクがある。

 「複雑にもつれ合った感情を解きほぐし、最適の着地点を探すことが相続解決人の要諦であり、AIには任せられないポイントなのかもしれない」。記者は取材前にこう考えていた。しかし、それは的外れだった。中村氏曰く「むしろ個人の感情面は一切無視する。遺族間の感情がどうもつれようと、分割方法はほぼ変わらない」のだという。ではどうするのか。中村氏は「第三者の視点からみて冷静に分割方法を決めることでしか、遺族皆の納得は得られない」と強調する。

 それは機械的に作業を進めること? それではAIに取って代わられるリスクが増えはしないか? そんな記者の疑問に対し、中村氏の答えはこうだ。「重要なのはベストではなくフェア(公平)。ベストの答えを出すのはAIは得意でしょうが、公平性はなかなかできないのではないのでしょうか」

 例えば、亡くなった父が所有していた遺産のうち、母親が現預金を、同居する子供が住宅を相続するケースがある。母親が住宅所有者になると、母親が亡くなった際に再び相続税がかかるからだ。このため子供の住宅相続が税法上からはベストなのだが、実はこれは公平とは限らない。「子供の嫁と折り合いが悪くなり、母親が家を追い出されてしまうことが実際によくあるのです」(中村氏)

 遺産の評価価値についても公平性がポイントになる。例えば、株式はその価値が短期間で数倍になることも大きく下落する可能性がある。このため、兄弟の間で株関連の遺産の分割をやり直そう、という声が出てくることがある。しかし、一度協議書が確定した後に所有権を移動するのは兄弟間の贈与か売買になるため、相続税や消費税が別にかかる。それならばベストな分割方法を追い求めて泥沼にはまるよりも、死亡時点の価格で分割するのがフェアだ。

 「相続では遺族は狭い視野で考えがち。だからこそ外部の視点でメリットとリスクの全体像を提示して、遺族全体の納得を得ることが重要です」(中村氏)。そのためのプロセスを積み上げることは確かにAIになかなかできない領域だ。

 行政書士に限らず、士業はAIによる業務縮小の足音が聞こえ始め、危機感を持つ人が多い。このため、相続関連以外にも、例えば経営関連のスキルを身につけて、コンサルティング業務を強化する人も多いという。オズボーン氏がAIに仕事を奪われないためのポイントとして掲げる「非定型性」を追求する動きといえるが、これは特集で提唱した、今後の職業選択における重要な指標の1つだ。

 もちろん士業だけの話ではない。オズボーン氏にリスクを指摘された職業に就く人も、少し視野を広げれば生き残りの道は見えてくるはずだ。