先日、都内で開かれたIoT(モノのインターネット)のセミナー。質疑が始まると、すぐに1人の男性が手を挙げて、こう質問した。「技術革新については分かりました。それで、IoTで一番儲かるのは誰なんでしょうか」。
ストレートな質問だが、世のビジネスパーソンが一番知りたい内容だと思った。壇上の講師は「あらゆる産業が変革を求められ、変われば恩恵を得られる」と答えたが、質問者は納得した様子ではなかった。
結局、IoTで儲かるのは誰なのか。日経ビジネス5月23日号の特集「データ資本主義」の取材で、こんな問題意識を持っていた。
IoTは、あらゆるモノがインターネットに繋がる概念だ。スマートフォンだけでなく、クルマや医療機器、薬、服などにセンサーが付き、様々なデータが集まり、そのデータを解析することで新たなサービスが生まれる。モノ自体の付加価値も上がるとされる。
日立製作所も5月に発表した中期経営計画で、「IoT時代のパートナー」を目指す姿と位置付けた(写真:つのだよしお/アフロ)
調査会社のIHSテクノロジーの推定では、2013年時点で約158億個だったインターネットにつながるモノの数は、2020年までに約530億個まで増える。それらにセンサーが複数個ずつ付くとすれば、センサーを製造するメーカーに商機はあるだろう。
ただし、そもそもIoTが実現可能になったのは、モノに設置する通信機器やセンサーのコモディティー化が進み、安価になったから。今後、センサー1個は数円、いや数銭になる可能性がある。センサーを単体で販売するビジネスに大きな旨みがあるとは思えない。だからこそ、村田製作所やローム、アルプス電気などの大手電子部品メーカーはこぞって、複数のセンサーを組み合わせたり高性能センサーを開発したりしながら、IoT時代の儲け方を探っている。
ロームが開発したセンサーモジュール。複数のセンサーが500円玉サイズに収まる(写真:スタジオキャスパー)
IoTを利用して既存ビジネスを変化させるのも、儲ける方法の一つだ。特集でも紹介したように、つながるモノの数が増えれば増えるほど、サービスレベルは高まる。例えば全ての家の軒先に気圧センサーが付けば、天気予報の精度は飛躍的に高まる。クルマの渋滞情報予測、物流の最適化、インフラの老朽化予測と適切なタイミングでの改修…。既存のビジネスの合理化はあらゆる業種で現れるに違いない。
その意味で、センサーやIoT製品やIoTを使ったサービスでの商機はある。しかし、それだけではない。
プラットフォーム――。情報を一元的に集め、IoT製品に一斉に司令を出す、いわゆる「胴元」だ。「場」を提供することで、各プレーヤーからのフィーを手に入れる胴元が、結局、IoTでも最も「おいしい」のではないか。覇権争いが既に始まっている。
IoT時代の「胴元ビジネス」とは?
それでは、IoT時代の胴元とは誰なのか。
IoTを運用するシステムを、それぞれの企業が自前で構築できるとは到底思えない。センサーで取得したデータを通信によってデータセンターに集め、そのデータを分析する必要があり、莫大な投資が必要になる。
そのため、IoTに取り組む各社は2つのプラットフォームを利用している。これが、IoT時代の胴元だ。その覇権を握ったものが最も儲かるプレーヤーになる可能性が高い。
1つは通信プラットフォーム。場合によっては国境をまたぐ無数のモノからデータを通信で集めるためには、モノの接続を認証したり、通信のオン・オフを切り替えたりする必要がある。それらを一手に引き受けるのが通信プラットフォーマーだ。
この分野は米ジャスパー・テクノロジーズとスウェーデンのエリクソンが世界2強。各国の通信事業者は2社のプラットフォームを使ってIoTの通信を行っている場合が多い。
通信プラットフォームは業界関係者から「儲けが少ないビジネス」と言われてきた。ただ、風向きは変わりつつある。
通信機器世界最大手の米シスコ・システムズが今年2月、ジャスパーを14億ドル(約1650億円)で買収。ジャスパーの通信プラットフォームをIoTの入り口として、データの囲い込みを狙い始めた。ジャスパーのプラットフォームは世界で3500社が利用し、自動車だけでも800万台が接続している。IoTの進展で接続するモノが爆発的に増えれば、通信プラットフォームだけでも桁違いの売り上げが見込める。
2つ目はサービスプラットフォームだ。広くIoTプラットフォームとも呼ばれる。IoTサービスに必要な機能をクラウドなどで提供する基盤のことで、収集した膨大のデータの解析や見える化、データ解析に基づいたサービスを製品側に送信する機能などを持つ。IoTによる付加価値の根幹を担うシステムだ。
提供するのは、米アマゾン・ドット・コムや米IBM、米マイクロソフト、独SAPなどのIT大手が代表例で、専業のIoTベンチャーも無数に存在する。
また、プラットフォームだけを提供する上記各社に対して、米ゼネラル・エレクトリックなど、センサーなどの機器からプラットフォーム、そしてサービスまで垂直統合型で手掛ける企業も現れ、既に覇権争いで主導権を握りつつある。GEが囲い込みを狙っているのは明らか。これまで社内用として使ってきたIoT向けのソフトウエア「プレディックス」の外販を昨年から開始し、他社製の製品とそのデータの取り込みも始めている。
スマホのように、日本はまた負けるのか
プラットフォームビジネスは、これまでも主導権争いが繰り返されてきた。スマートフォンのアプリ用プラットフォームでは米グーグルの「Google Play」と米アップルの「App Store」が覇権を握り、電子商取引では米アマゾンが、ソーシャル・ネットワーキング・サービスでは米フェイスブックが勝者の典型例となった。そこに日本企業の影は薄い。
それでは、日本企業はまたプラットフォーム戦争で負けるのか。その可能性は低くない。
ただし、IoTは、スマホなどと異なり寡占化が進みにくい条件がある。一つは業界が多岐に及ぶこと。製造や医療、農業、ヘルスケア、エネルギー、自動車……。それぞれの業界で最適なプラットフォームが異なるため、全ての業種について1社が提供するプラットフォームが採用される可能性は低い。それぞれの業界で、日本企業が主導権を握ることは十分に考えられる。
例えばトヨタ自動車とKDDIは6月、「つながるクルマ」のグローバル通信プラットフォームで協力すると発表。クルマが国境を越えても安定した通信を提供する環境整備を進める。ファナックとシスコなども、「つながる工場」の分野でプラットフォームを構築し、他社製の産業機器の接続も可能にすることを明らかにしている。
これまでのプラットフォーム戦争は、導入や運用のしやすさに加えて、ある程度の規模の獲得によって一気にデファクトスタンダード(事実上の標準)となったケースがほとんどだ。IoTではデータ量がサービスの価値に直結するため、より先行者優位のビジネスとなるに違いない。
この春、GEやIBM、シスコなどのIoTのビッグプレーヤーの幹部が次々に日本を訪れ、トップセールスを繰り返した。また覇権争いに敗れるのか、それとも得意分野を生かして胴元となるのか。答えが出る日はそう遠くない。
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