今年も株主総会シーズンが到来した(写真:AFP/アフロ。記事の内容と直接関係はありません)

 今年も株主総会シーズンが到来した。6月中旬から下旬にかけて、3月期決算企業のほとんどが定時株主総会を開く。十数年、企業の株主総会を取材し続けているが、この時期になるといつも思うことがある。「やはり今年も正論は勝てないのだろうか」ということだ。

 正論とはいったいなにか。それは「株主提案」にほかならない。

 今年も多くの企業に対していろいろな投資家から株主提案が出されている。内容は様々だ。創業家vs現経営陣の内紛からくる取締役選任議案など、中には私的な恨みやつらみが絡むものもある。

 だがアクティビスト(物言う株主)と呼ばれる機関投資家から出される提案の多くは「無駄に多くの現預金を持ちすぎているから、増配で株主に還元しろ」「資産の有効活用につながらない持ち合い株を解消しろ」といった類のものだ。

 そして困ったことに、これらの要求のほとんどは資本市場の論理からするとまっとうな「正論」なのだ。なぜ困るのか。それは結果がついてこないからだ。

 本来、「正論」ならばその提案は多数の支持を得て可決されるはず。だが過去、株主提案が通ったことはほとんどない。このもやもやとした矛盾を毎年のように感じながら取材を続けてきたが、今年もそのもやもやが晴れることはなさそうだ。

 なぜ株主提案は通らないのか。いくつか理由はあるだろう。だがずっと取材をしてきて一貫して感じ続けていることがある。それは「要求が正論“すぎる”から」というものだ。言っていることは資本の論理上、つまりロジック的には正しいのかもしれないが、要求が過激すぎて周りがついていけない、とでも言い換えればいいだろうか。

「塩梅」を知らないアクティビスト

 この感覚は2002年にアクティビストの走りともいえる村上世彰氏、いわゆる村上ファンドを取材していた時から持ち続けている。キャッシュリッチで知られたアパレル大手の東京スタイル(現在のTSIホールディングス)に会社提案(1株20円)の25倍に相当する500円の配当提案や自社株買いを要求した村上氏。当時の私の心境を正直に言うと「言いたいことはもっともだが、さすがにやりすぎだろう。ものには程度がある」というものだ。

 せめて要求額を1株あたり100円にするとか、少しずつ変革を迫ればいいのに、と感じていた。いつも赤点を取っていた生徒に、100点が望ましい(当たり前だが)からといっていきなり100点を取れと迫っても、そのハードルが高いのは当然だ。その結果、村上氏は委任状争奪戦において、本来なら味方につけなければいけない周囲の株主から「グリード(強欲)」とみられ、賛同を集めることができなかった。

 同じ構図はあれから16年たった今も、変わらず繰り返されているように思える。たとえばアルパインに大幅増配を迫っている香港のオアシス・マネジメント・カンパニー。2018年3月期の期末配当を1株当たり325円(会社提案は15円)にするよう求めている。オアシスの指摘するようにアルパインには現預金が多いかもしれない。だが、それを一気に吐き出させるような増配提案をして本当に勝てると思っているのだろうか。ある機関投資家は「100円程度の増配なら賛成できるのだが…」と話す。

 持ち合い株が多いTBSホールディングスに対して、持ち合いの代表格の東京エレクトロン株を現物配当するように求めている英アセット・バリュー・インベスターズ(AVI)なども同じかもしれない。