「ダウンロードして聞く」の弱さ

 とはいっても、番組をPodcast向けに再編集する手間や、年間数千万円というサーバー代は馬鹿にならない。どうするか。

「Podcastの後継サービスとして『TBSラジオクラウド』を立ち上げた(写真は画面の一部)」

 本命は広告だった。広告料に支えてもらい、無料で配信する。ラジオの本放送と同じビジネスモデルだ。当初はうまくいくかに思えた。実際、2006年頃から一貫して小学館や中外製薬といったスポンサーが現れてくれてはいた。ただそれ以上の広がりは見せない。理由は「ダウンロードして聞く」という配信スタイルにあった。

 ネット業界では、ユーザーの属性にあわせて広告を配信するターゲット型広告が当たり前になっている。Podcastではダウンロード数はわかっても、どんな人がダウンロードしたのかはわからない。またダウンロード数がどんなに多くても、実際にどれだけのひとが聞いているのか、いつ、どんなシチュエーションで聞いているかの把握も難しい。「月間5000万件のダウンロード数」とアピールされても、これでは広告主が出稿をためらうのも不思議ではない。

 萩原氏は「有料課金制度の導入も検討したことがある」と明かす。ただ制作費やゲストの出演料をまかなうには1つの番組につき数万人単位の有料リスナーが必要で、全員に月額数百円を払ってもらってやっと採算ラインに乗る計算だという。萩原氏は「有料でも聞くよと言ってくれるリスナーもいる。本当にありがたいのだが、それが数万人にのぼるかというと、そうは考えにくい」と話す。

 ネットでラジオが聴けるサービス「radiko」の登場も追い打ちをかけた。こちらはPodcastのような番組の抜粋や派生版ではなく、ラジオの生放送をそのままネットで聴けるサービスだ。パソコン版の開始は2010年3月。2ヶ月後にはiPhoneアプリの提供も始めている。Podcastは収益化のめどが立たなかっただけでなく「ラジオ受信機がなくてもラジオを」という本来の狙いも、radikoが担うことになったのだ。

 Podcastの巨人、TBSラジオがついに決断した撤退。惜しむ声は業界関係者のあいだに広がった。

 TBSラジオより2ヶ月早い2005年8月、放送局として日本で初めてPodcast配信を始めたIBC岩手放送(岩手県盛岡市)。当時、同社メディア企画部でインターネット事業を担当していた上路健介氏(現ジョリーグッド代表取締役)は「2005年は、ラジオはラジオ、ネットはネットと分かれていた時代だった」と振り返る。「業界ではネットは敵という認識すらあった。Podcastの黎明期から業界をリードしてきたTBSラジオの撤退は、率直に言って寂しい」

 文化放送で新規ビジネス開発を担当する片寄好之取締役も「時代の趨勢だな、と感じた」と話す。文化放送にPodcast配信終了の予定はないが、少なくとも今後ネット配信で力を入れる分野とは認識していないという。

新サービスの狙いは「ラジオ版ターゲット広告」

 「ユーザーに聴き続けてもらうためには、ネット業界の文脈にあうメディアに生まれ変わる必要がある」。萩原氏は強調する。では、TBSラジオがPodcastの代わりに始める「TBSラジオクラウド」とはどんなサービスなのか。

「スマートフォンでも、まずはブラウザ版のみでスタート。アプリの投入も今後検討する」

 最大の特徴は、ダウンロード型ではなく、ストリーミング型の配信サービスであること。音声ファイルを聴きたいリスナーはTBSラジオクラウドのウェブサイトにアクセスし、聴きたいタイミングでサイト上の再生ボタンを押す。これで聴取される時間帯がわかる。これだけでも広告主にとっては貴重な情報だ。「夜に聞かれる番組なのでアルコールのCMが効果的」といったことがわかるからだ。

 また、過去の放送分を聞くためにはユーザー登録が必要だ。いまのところ記入する属性情報は誕生年と性別だけだが、これだけでも、ユーザー像が見えなかったダウンロード型からは大きな前進だ。

 これでも、まだまだ序章にすぎない。TBSラジオが期待が寄せるのが、かつて実現できなかった新しいタイプの音声広告だ。