益子会長「2004~2005年にかけて不祥事があった。あの時に徹底的に調べたつもりだったが、なかなかここに気づかなかったという思いがあります。その後もいくつかの問題をしています。前回、SUVの開発で不正な業務が行われていて、車の開発を止めて責任を取ってもらうという対応をしました。(今回は)クルマが出てから問題に気づいた。問題の根は深いなと思っています」

 「閉鎖的な社会の中で仕事が行われているのも1つ。新しいことをやることに挑戦しない。今までやってきたことをやっていれば過去に誰かが正当化したものだから間違いないと信じ込んでいた。個人的な意見ですが、そういう考えがあるのではないか。ここに食い込まないと再発は防止できません。第三者委員会がどんな意見を出すかわかりませんが、個人的には踏み込めなかったというのがあります」

 「自戒の念」を語っているようにも受け取れるが、筆者はそう感じなかった。「問題の根は深い」などと客観的に批判していたからだ。「自分が三菱自動車の社員だったら、悲しかっただろう」と想像した。

「お父さん、辞められないの?」

 そんな益子会長も、2007年に非営利団体の広報駆け込み寺が開いた「第21回広報駆け込み寺交流会」という場で、次のような発言をしていたようだ。2004年に起きたリコール問題から3年が経過し、再建のメドが立った社長当時だ。

 「(多くの社員が辞めていき、)残った社員も、それぞれに苦しい思いをいたしました。例えば、学校のホームルームで、先生が『三菱自動車のような会社に勤めるようなことはよくないこと』と話され、子供さんが帰宅してから、『お父さん、学校に行きたくない』『お父さんの会社はどうしているの?』『お父さん、辞められないの?』と、話したのだそうです。この社員は、結局会社を辞めることになりました。会社が混乱すると、一番苦しい思いをするのは従業員や従業員の家族です。私は、なんとかしなければいけないと思い、何が会社に欠けているのだろうと考えました」(会報誌から抜粋)

 益子会長は本当にそう思っていたのだろうし、苦労して会社を再建したことも間違いないのだろう。ただ、今回の会見での話しぶりを見る限り、この時の思いを忘れてしまったのではないかと感じざるを得なかった。

 事実も大事だが、そこに含まれる「人の思い」も重要だ。会社は人間の集合体で、報道陣が情報を発信している社会も人間の集合体である。だからこそ私たち報道に関わる者は、日々、巻き起こる事象の裏に隠れた人々の思いも理解した上で、報道しなければならないと改めて痛感させられた。