スズキは2016年5月18日と31日の2回、国土交通省で謝罪会見を開いた。走行抵抗値の測定で国が定めた方法とは異なる手法を用いていた。写真は31日の会見の様子
2016年5月18日午後4時。取材先の長野県伊那市から東京に戻る飯田線の車中、燃費データの測定違反に関するスズキの記者会見をスマートフォンで視聴していた。
違反の内容についてはいろいろな見方がある。しかし、ここでは少し別の視点から会見を見てみたい。経営者が暗に社員たちに送っていたメッセージだ。ここに焦点を絞ってみると、同じ発言でも別の側面が見えてくる。
まずは18日の会見で印象に残った発言を紹介する。
技術者の思いを代弁する技術統括
鈴木修会長「(社員が)悪意で手を抜いたということであれば問題ですけれども、善意でやったということになりますと人情的に考えなくちゃいけないだろうと思っております」
本田治副社長(技術統括)「競争ということは当然、私どもも認識しております。従って、負けてはいけないと。こういう言い方をしますと、それがプレッシャーになっていたんじゃないかということにつながってしまうかもしれませんが、ぜひそれだけはご勘弁願いたい」
「プレッシャーではありません。なぜなら私どもは、徒手空拳で競争に向かおうとしたわけではありません。軽量化だとか、あるいはアイドルストップに始まってエネチャージ(減速エネルギーを回収してためるシステム)とかS-エネチャージ(ためたエネルギーをエンジンアシストに使うシステム)等に電気的な補助装置を次々に改善するということ」
「エンジンも刷新するとか、トランスミッションもやり、タイヤについても、タイヤメーカーさんが非常に低転がりの燃費に貢献するタイヤを開発してくれていますので、こういうのを採用する。様々な世の中に提供される部品と同時に、社内での軽量化、電気装置の開発等を通じて競争にチャレンジしてきました。(中略)こうした様々な技術を開発する技術者はこれ(世間からの燃費性能が高いという評価)を励みにしながらやってきた」
これらの発言を聞いて、「自分がスズキの社員だったらうれしく感じただろうな」と思った。無論、内容については賛否両論あるだろう。ただ、2人が言わんとしていたのは、「社員は社員なりに努力してきた。それだけは理解してほしい」という点だったと思う。
スズキが2度目に開いた5月31日の会見には、直接、出向いた。惰行法(国が定めた測定方法)による測定結果を国土交通省に報告した後に開かれたものだ。この時、経営陣は「不正」という言葉を自ら使って謝罪した。修会長も18日の「人情的に考えなくちゃいけない」との発言を撤回し、「全て法に従って責任を(はっきりさせた上で)処分することしかないと現在は考えている」と話した。
会見が終わろうとしていた時、修会長は「これだけは言っておきたい」とばかりにこう切り出した。
「いろんな不正が、誤解と間違いがあって積み重なって、大きな国の規定に反した不正をしでかした。小さな不正が積み重なったと私は理解している。そういう点で国の規定通りにやるということをまず見直す、直そうということを末端まで正確にやっていく。きちんと整備をしてまいりたいと思う。不正をお詫び申し上げると同時に、ご理解をいただき、信頼回復に応えることをやっていきたい。どうぞよろしくお願いします」
経営者が社員をかばうのは当然
見方によっては単なる言い訳に過ぎない。でも、「小さな不正の積み重なり」とした修会長の心には、社員をかばいたいという気持ちが隠れていたように思う。ルール違反は確かにいけない。でも、このご時世、社員をかばいたいと考える経営者は貴重な存在だとも思う。
4月下旬から幾度となく開かれた三菱自動車の会見では、残念ながらこうした経営者の思いが伝わってこなかった。特に3回目の会見で初めて顔を見せた益子修会長の発言には、「他人事」のような表現すら散見できた。
益子会長「2004~2005年にかけて不祥事があった。あの時に徹底的に調べたつもりだったが、なかなかここに気づかなかったという思いがあります。その後もいくつかの問題をしています。前回、SUVの開発で不正な業務が行われていて、車の開発を止めて責任を取ってもらうという対応をしました。(今回は)クルマが出てから問題に気づいた。問題の根は深いなと思っています」
「閉鎖的な社会の中で仕事が行われているのも1つ。新しいことをやることに挑戦しない。今までやってきたことをやっていれば過去に誰かが正当化したものだから間違いないと信じ込んでいた。個人的な意見ですが、そういう考えがあるのではないか。ここに食い込まないと再発は防止できません。第三者委員会がどんな意見を出すかわかりませんが、個人的には踏み込めなかったというのがあります」
「自戒の念」を語っているようにも受け取れるが、筆者はそう感じなかった。「問題の根は深い」などと客観的に批判していたからだ。「自分が三菱自動車の社員だったら、悲しかっただろう」と想像した。
「お父さん、辞められないの?」
そんな益子会長も、2007年に非営利団体の広報駆け込み寺が開いた「第21回広報駆け込み寺交流会」という場で、次のような発言をしていたようだ。2004年に起きたリコール問題から3年が経過し、再建のメドが立った社長当時だ。
「(多くの社員が辞めていき、)残った社員も、それぞれに苦しい思いをいたしました。例えば、学校のホームルームで、先生が『三菱自動車のような会社に勤めるようなことはよくないこと』と話され、子供さんが帰宅してから、『お父さん、学校に行きたくない』『お父さんの会社はどうしているの?』『お父さん、辞められないの?』と、話したのだそうです。この社員は、結局会社を辞めることになりました。会社が混乱すると、一番苦しい思いをするのは従業員や従業員の家族です。私は、なんとかしなければいけないと思い、何が会社に欠けているのだろうと考えました」(会報誌から抜粋)
益子会長は本当にそう思っていたのだろうし、苦労して会社を再建したことも間違いないのだろう。ただ、今回の会見での話しぶりを見る限り、この時の思いを忘れてしまったのではないかと感じざるを得なかった。
事実も大事だが、そこに含まれる「人の思い」も重要だ。会社は人間の集合体で、報道陣が情報を発信している社会も人間の集合体である。だからこそ私たち報道に関わる者は、日々、巻き起こる事象の裏に隠れた人々の思いも理解した上で、報道しなければならないと改めて痛感させられた。
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