認知症の“魔法のケア”を科学的に分析

 認知症患者のケアにAIを活用しようと研究を進めているのは、静岡大学創造科学技術大学院の竹林洋一特任教授のグループだ。

 認知症は、医学的には「一度正常に達した認知機能が後天的な脳の障害によって持続的に低下し、日常生活や社会生活に支障を来すようになった状態」と定義される。もの忘れや理解度の低下などの「中核症状」に、患者のもともとの性格や、周囲の環境などの要因が相まって、徘徊や幻覚、うつ状態といった「周辺症状」が表れる。介護に関わる家族やスタッフにとって、この周辺症状のケアが精神的・身体的に大きな負担となっているのだが、竹林教授は「閉鎖的な介護現場において認知症ケアは主観的になりがちで、エビデンス(科学的根拠)も不足している」と指摘する。

 一方、認知症ケアにおいては近年、「ユマニチュード(Humanitude)」と呼ばれる手法が注目されている。「見る」「話す」「触れる」「立つ」という4つの動作を柱とするもので、ユマニチュードに基づくケアによって、それまで暴れていた患者が穏やかになったり、寝たきりだった患者が起き上がったりと、まるで“魔法にかかったかのように”劇的な変化を遂げることもある。フランスのイヴ・ジネスト氏らが考案したもので、日本では東京医療センター総合内科医長の本田美和子医師が啓発活動を行っている。

 竹林教授のグループの研究テーマの1つが、このユマニチュードの手法を科学的に可視化すること。具体的には、ユマニチュードの基本動作である「見る」「話す」「触れる」という行動をさらに細かく定義付けする。それを基に、ケアの様子を記録した映像をコンピュータで分析することで、ユマニチュードの実践度合いを可視化する。

 「どんな患者も、あのスタッフの手にかかれば見違えるように良くなる」――。これまでブラックボックスだった熟練スタッフのノウハウや勘所を“見える化”できれば、他のスタッフに共有することも可能になる。認知症患者の訪問診療に携わるたかせクリニック(東京都大田区)理事長の髙瀬義昌医師は、「認知症ケアを科学するという試みは、介護スタッフの育成において非常に重要」と評価する。

 医療サービスは実は、画像診断や薬の投与など“モノ”を介した側面が大きい。一方で介護サービスは、“ヒト対ヒト”のコミュニケーションの賜物にほかならない。介護スタッフが同じサービスを行っても、返ってくる反応は十人十色。そこには互いの感情や性格、相性なども絡んできて、客観的なデータに落とし込むことは容易ではない。だからこそAIを活かす意義は大きいだろう。人手不足や社会保障費の増大など、たくさんの課題を抱える介護領域でAIは革命を起こせるか。今後の研究に大いに期待したい。

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