ドーナツも調理も“むき出し”にした新ミスド
シズル感と居心地を見つめ直し、反転狙う老舗外食チェーン
ドーナツチェーン大手の「ミスタードーナツ」は今後5年かけて新型店舗を広げていく。ドーナツの手作り感、出来立て感を強調し、来店客へ一歩近づいた接客を意識した店舗だ。米国のチェーンレストランの仕組みを基に、日本の外食チェーンが多店舗展開し始めた1970年代から40年が経過。外食市場は減少基調にあり、大手チェーンを支えたチェーンシステムも制度疲労に直面するなど大きな節目を迎えている。ミスド、ガストの取り組みから、大手チェーンの生き残り策を追った。
「ミスタードーナツ」の新型店。水色を基調とした今までにないイメージ
店内の雰囲気は、ベーカリーショップのようだ。ドーナツがボリュームのあるように並べられている。大きなガラス越しにはキッチンで手作りする様子が見られる
JR東海道本線・甲子園口駅の改札口を出ると、水色を基調としたカフェが目に飛び込んでくる。2015年秋にリニューアルオープンしたこの店は、「ミスタードーナツ」の最新型店で、社内では「ニューミスド」と呼ばれる。赤と茶色を基調とした外観を見慣れている消費者には、この店がミスドだとは気づかない人もいるかもしれない。
店内には、ドーナツがお行儀よく正しく並ぶおなじみのショーケースはない。ベーカリーショップのように、“むき出し”になったドーナツが、ボリューム感を強調するような形でどんと積まれている。客席からは大きな窓越しにキッチンを覗け、ドーナツを手作りする様子が間近で見られる。
また、一人客からファミリーまで幅広い客層がゆったりと過ごせるように、従来店より広めのテーブルを採用。商品を選ぶのに迷っている顧客には積極的に声をかけるなど、コミュニケーションを重視する方向で接客のマニュアルも見直した。
なぜ今、ミスドはニューミスドを展開し始めたのか。「事業開始当初から手作りや出来たてのドーナツを売ってきたが、アピール不足だった」とダスキンでミスド事業を統括する宮島賢一専務は話す。ミスドはドーナツの原材料の練り込みから各店舗で行っているが、そのことを知っている消費者はそれほど多くないのではないだろうか。
「中食」のレベルアップで競争激化
ニューミスドをチェーンの中軸に据えていくとの計画を打ち出した背景には、「中食」のレベルアップに代表される競争の激化がある。デパ地下や町中の洋菓子店だけでなく、コンビニエンスストアのスイーツの種類も豊富になり、その質も向上が著しい。様々な種類のドーナツが気軽に買える店としてミスドの魅力は、相対的に低下していったといえる。
そこで2014年からミスドは、中食にはない武器を磨く方向で店舗力の強化を始めた。具体的には、手作り感、できたて感を含めた“シズル感”のアピール、高齢者でも親子連れでもゆったりと過ごせる時間の提供、来店客へ一歩近づいた接客――などだ。ミスドは現在、全国で約1300店を展開するが、今後5年で約1000店をニューミスドなどへ改装する考えだ。
新型店では、一部、従来型の店舗では提供していない商品や、製造法を変えた商品も提供している。「ハニーディップ」は、従来商品より発酵時間を長くして、より生地が柔らかくなるようにした。小さなドーナツの詰め放題の商品もある。親子連れからは好評だ。
小さなドーナツの詰め放題もある。「1個単位で販売してほしい」との声にこたえて、最近では1個35円でも販売している
ミスドと言えば、「ドーナツ1個108円(税込み)」のセールによる集客のイメージが強い。セール時には店の外までお客が並ぶ様子も散見されるほどだ。だが、新型店では、このセールは実施していない。一方で、定番の商品の一部を108円に設定したり、ドリンクバーを導入したりして、新しい「ミスド」像を模索している。
「セールのときしかミスドに行かない」という顧客は、ニューミスドの店からは足が遠のいてしまうかもしれない。だが、記者が実際に足を運んでみた印象では、この店にはセールや行列は似合わないと感じた。訴求ポイントが商品の価格にしかない、効率重視のチェーン店の雰囲気が漂っていなかったからだ。
五感に訴えかける力が弱い
外食が本来持つ魅力を強化しようとする動きは、すかいらーくが展開するファミリーレストランチェーンの「ガスト」にも見られる。
ガストは自社の調達部門を持ち、期間限定のフェアは、フォアグラやミスジなどの希少な食材を使ったメニューであっても、全店提供で行ってきた。だが、1300店以上のチェーンで安定供給を追求しようとすると、使える食材の幅はどうしても狭まる。
使える食材が限られれば、メニューのバリエーションを生み出しにくくなり、消費者の飽きにつながりやすい。また、店内オペレーションの効率化を重視すればメニュー数を減らした方がよいが、結果、消費者の選ぶ楽しさを奪うことになってしまう。
ガストでは2012年頃、オペレーションの習熟度を向上させる目的もあり、メニュー数を減らしたことがある。だがその結果、客数が減少してしまった。こうした苦い経験を経て現在では、メニュー数を再度増やしている。
だが、メニューの魅力は、その数だけに左右されるわけではない。「主力商品のハンバーグは、付け合わせや味付けに少々バリエーションを加えればメニュー数自体は増えるが、大きな違いや訴求力を生み出すのはなかなか難しい。ガストは顧客の来店頻度が高い業態なので、数以外の魅力も磨く必要がある」。マーケティング本部でメニュー開発を担当する加藤志門・デピュティーマネージングディレクターはこう強調する。
例えば、ガストの目玉商品である「チーズINハンバーグ」や「目玉焼きハンバーグ」は、大きな白い皿に乗ってお客の席に運ばれる。正直なところ、出来立て感やアツアツ感は伝わりにくい。付け合わせもポテトとニンジンばかりが並び、見た目の変化が乏しい。厳しい言い方をすれば、外食が本来有する、五感に訴えかける力が弱い。
そこで、6月中旬に予定しているメニュー改定では、付け合わせのバリエーションを変えたり、皿で提供していたハンバーグを鉄板で提供したりして、シズル感の向上を図る。デザートメニューも見直し、キンキンに冷やした容器でアイスクリームとフルーツソースなどを顧客が混ぜながら食べる「ストーンパフェ」なども導入する。
地域特性に応じた個店ごとの取り組みも強化
また、ガストでは地域特性に応じた個店ごとの取り組みも強化している。高齢者が多く来店する店ではあんみつのポスターを掲示し、販売数を伸ばしている。ビジネスパーソンが多く利用する千葉・幕張にある店舗では、生ビールのジョッキを249円(税別)などで提供するハッピーアワーの終了時間を、午後6時から7時に延長した。いずれも店舗のスタッフの要望で始まった取り組みだ。
「料理の質や提供時間など、チェーンのルールは守った上で、店ごとの客層や使われ方にあったサービスや販売促進に力を入れることが、重要になっている」とすかいらーくレストランツの松本純男代表取締役は話す。
老舗の大手外食チェーンにとって、今は逆風の時代だ。日経ビジネスオンラインが1330人の読者に行った調査でも、夕食時に「チェーンをよく使う」と答えたのはわずか7%で、「どちらかといえばよく使う」「時々使う」と合わせても55%程度だった。回答者からは「だんだん値段が高くなっている」「メニューに飽きた」といったネガティブな意見が多く寄せられた。
米国のチェーンレストランの仕組みを基に、日本の外食チェーンが多店舗展開し始めた1970年代から40年が経過。外食市場は減少基調にあり、大手チェーンを支えたチェーンシステムも制度疲労に直面するなど大きな節目を迎えている。こうした中で、消費者の支持を受け続けるには、ブランドを磨き、新しい価値を提供する作業を繰り返すしかない。こうしたたゆまぬ努力を続けたチェーンだけが、100年続くブランドとして生き残っていけるのではないだろうか。
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