「楽譜を読める国民がこんなに多いのは、日本くらい」

 そのほかにも、例えば、JR水戸駅の駅ビル「エクセル」。ここには女性のジャズバンドがある。駅ビルを運営する水戸ステーション開発からの相談で、実現した。駅にビラを貼ってバンドメンバーを募集。タイトルは「A列車で行こう、を弾きませんか?」。ご存じの通り、「A列車で行こう」はジャズのスタンダードナンバー。女子高生から主婦まで、すぐにメンバーは集まった。

 「昔、吹奏楽部でした」「初めてだけど、管楽器に憧れがあって…」様々な興味関心で集まった女性でジャズバンドを結成。お披露目のコンサートには、家族や知り合いなどが続々と駆けつける。

 「地方には、ハコを作ったはいいけど、まったく使われていないコンサートホールなども多い」(佐藤氏)。そうしたハコを、地元の人の音楽祭などで使うと「入りきらないほどの満員になる」(ヤマハミュージックジャパンの佐藤雅樹事業開発部部長)。家族や親戚、友人、近所の知り合いなどが続々来場し、盛り上がるからだ。

 ほかにも、「楽器を街中にランダムに置き、自由に手にとって演奏してもらうプロジェクトのようなものも面白いですね」と佐藤氏は今後の構想について語る。これを聞き、記者は以前話題になった、フランスのアーティスト集団「boijeotrenauld(ボワジョルノー)」を思い出した。ボワジョルノーは自らテーブルや椅子を持ち運びながら、東京の街を闊歩し、その椅子やテーブルで自らも休み、街行く人にも開放する。(関連動画はこちら:The Tokyo Crossing)。そこにいる誰もが目を奪われ、ちょっと参加してみたくなる、路上プロジェクトになりそうだ。

 そのほかにも、防音施設を整えたスタジオを完備する「音楽マンション」とも呼べる賃貸マンションを企画するなど、ヤマハは意欲的に「音楽需要の喚起」を行っている。こうした取り組みをヤマハでは常時全国で30件程度進めている。「楽譜を読める国民がこんなに多いのは、日本くらいですよ」(佐藤氏)。打てば響く国民がたくさんいるというわけだ。

 ヤマハは、音楽教室をはじめ、こうした音や音楽の「伝道師」たる活動を「本業」として取り組んでいる。「後々は楽器の売り上げに、という気持ちは当然あるが、まずは、音楽が楽しいと思ってもらえる人のパイを大きくしないと何も始まらない」(佐藤氏)と、短期的な収入を狙ってはいない。これは音楽教室から脈々と受け継がれるヤマハのDNAとも言えるのかもしれない。

 今、CDが売れなくなり、音楽産業は元気がないとも言われる。一方、ライブ会場は全国で、軒並み盛況だ。例えば、2015年は、年間講演回数は対前年比107%。年間動員数を見ても111%だ(参照データ)。データで聴く音楽が変容を遂げた反動で、リアルに音楽を楽しむ需要はむしろ伸びているとも言える。

 当然ヤマハには危機感もある。「よい楽器を出していれば売れる時代は終わった」(ヤマハの中田卓也社長)。国内のピアノ出荷台数は全盛期の5%。伸び盛りのアジア圏では低価格ピアノメーカーが台頭する。少子高齢化の波は楽器産業に直撃している。こうした時代背景が、ヤマハを音楽の潜在需要喚起に動かす理由の1つであることは間違いない。

 「楽器を売る」ことから、文字通り「音を楽しむ『音楽』」を見直すヤマハの挑戦は、もう一度創業当時の信念を呼び起こすプロセスなのかもしれない。

■変更履歴
1ページ目の写真のキャプションにおいて、記事公開時に「ヤマハが音楽教室の前身となるオルガン教室を始めたのは1954年」とありましたが、「ヤマハが音楽教室の前身となる教室を始めたのは1954年」と変更しました。[2016/5/30 16:18]