日経ビジネス5月23日号で、ヤマハの取材をした。ヤマハはご存知の通り、れっきとした楽器メーカーだ。音響機器やネットワーク機器なども扱いながら、売上高4354億円のうち、楽器での売上高が6割以上を占める。世界的に見ても楽器メーカーとしては2位の米ギブソン・ブランズを大きく引き離して断トツのトップと言える。

 そのヤマハに私が興味を持ったのは、元々音楽が好きだということもある。小学校低学年で吹奏楽部に入り、高学年にはピアノ、中学からは声楽も習った。どれ一つとして親に強制されたものはなく、自ら選んだ道だったと記憶している。それゆえ、ヤマハに興味が湧いた。

 一方、記者がヤマハにより興味を持った理由は、音楽、すなわち、文化を現在にも渡って築いているヤマハの歴史だった。

 その中心となるのが、1954年から60年以上続けている「ヤマハ音楽教室」だ。その歴史をひもとくには、音楽教室を始めた第4代社長の川上源一氏にまで遡る必要がある。

 当時、川上氏は欧米への視察で音楽が人々へ大きな影響をもたらしていることを目の当たりにする。住宅街からは楽器の音が漏れ聞こえ、自宅に招かれた知人の家族は各々の楽器演奏で歓待をしてくれる。楽器を買ってもらっても、楽しみ方を知らないのでは申し訳ない――。そう実感した川上氏は帰国後すぐに音楽教室の創設を決める。

ヤマハが音楽教室の前身となる教室を始めたのは1954年

 その方針は創設以来ほとんどぶれていない。「楽器を売り込むためのものにしない」「演奏家になるためのテクニックは教えない」「グループレッスンを主とする」「年齢に合った教育」「音楽を通じた自己表現の実現」。

 こうした哲学は、音楽や楽器を教えるただの教室とは一線を画す。人とのコミュニケーションや礼節に至るまで子どもを育てることの基礎となる姿がそこにはある。1万2000人の講師は、ヤマハの教育哲学に沿って、子どもに対する言葉遣いに始まり、接し方や音楽の教え方を徹底的にたたき込まれる。

 当然親からは「なかなかピアノが弾けるようにならない」といった意見も何度も聞いたという。それでも、ヤマハは「テクニックを教えるための教室ではない」ということを一貫して言い続けた。