株主と社員との関係はどうだろう。日経ビジネス3月12日号の特集「給料はもっと上がる」でも紹介したように、企業の利益のうち労働者の取り分を示す労働分配率は低下の一途だ。下の図にあるみずほ総合研究所がまとめたデータよると、09年に83.15%だった日本の労働分配率は15年には73.74%まで低下している。一方、同期間に米国とドイツはほぼ横ばいを維持している。

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 日本では社員への還元は後回しにされ、株主還元が優先されている。「株主>社員」という傾向も決定的だろう。

ガバナンス改革は正義の味方か?

 これまでの一連の流れをまとめると「株主>経営者・会社の未来・社員」という傾向は、2000年半ばにライブドアがフジテレビと争っていた頃よりも一層顕著になっている。

 株主重視の原動力は、堀江貴文氏や村上世彰氏のように、メディアを通して「悪役」の様に映された人たちではもはやない。実は、正義の味方のように強調された「ガバナンス改革」が真犯人だろう。

 企業はガバナンス向上という名目で、配当を増やした。株主還元の原資を確保するため、社員への給与増には渋い顔をした。当然、経営者の身を守るための買収防衛策などもってのほか。ROE向上のため、コストを削って利益率を上げたい。ならば、取引先との価格交渉も厳しくする。株主の為にとった行動は、社員や経営者、その他ステークホルダーの利益を奪う行為でもあった。

 ガバナンス改革は日本企業を再び世界で戦える体質に変えた反面、会社を完全に株主のものにしようとする動きを加速させた。

 そもそもガバナンスという言葉が世界的に普及したのは、米エンロンの巨額の粉飾決算を受け02年に企業改革法(SOX法)が成立した頃だろう。社外取締役の比率引き上げなどが強く求められ始めた。日本でも東芝の会計不祥事などを通して、ガバナンス改革は、透明性の確保や不正防止対策を進める言葉として受け止められてきた。

 しかし、言葉の持つ意味はそれだけではない。そもそもガバナンスとは、株主が企業を上手にgovern (支配する、統治する)ということ。社外取締役の経営チェックなどを通して、企業経営が株主利益につながるよう仕向けるという内容だ。

 「企業の不正を防ぎ健全性を高める」「株主利益を増やす」。この二つの意味がガバナンスという言葉には混ざり合っている。後者の主張だけでは受け入れられにくい経済界の変革も、前者と混じることで急速に前進した。

 もちろん誤解のないように言うと、買収防衛策の廃止は健全な資本市場に向けた前進であるし、ROEという指標を意識したことで多くの日本企業がムダのない筋肉質な経営体質を手にすることができた。一連のガバナンス改革には言うまでもなく価値がある。

 しかし、ガバナンス改革という言葉を無批判に受け入れるのではなく、一連の変革の何が社会の為になる部分で、何が株主の為にしかならない部分なのか。一旦落ち着いて整理する必要が今後出てくるという意味だ。

 ガバナンスに次ぐ流行ワードとしてESG(環境、社会、統治)投資やSDGs(持続可能な開発目標)が最近では台頭し始めた。経済界全体で新たなムーブメントを推し進めようとする機運が生まれ始めている。しかし、ガバナンス同様、聞こえの良い言葉が都合良く使われる可能性もある。あらゆる素晴らしい目標の中にも、少しのグリード(貪欲)の要素が含まれているのが金融市場の常というものだ。キャッチフレーズが先行するブームには、多少の警戒が必要かも知れない。

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