入札方式で、企業が提示する年収は完全オープン――。リブセンスが、転職希望のITエンジニアとIT系企業とをつなぐ「転職ドラフト」を始めた。17社が参加し、エンジニア確保を競う。年収ありきの露骨な採用、あなたはアリ?それともナシ?
「転職ドラフト」で指名したエンジニア(右)を面接するリブセンスの桂大介取締役(左奥)ら。このエンジニアはその後、リブセンスへの転職が決まった。
「ID:1216さんに最多の9社が指名」「ID:784さんに提示された年収は最高額でゴッド級」――。求人サイト運営、リブセンスが始めた「転職ドラフト」のサイトを見ると、トップ画面にはこんな言葉が並ぶ(5月11日時点)。応募し、企業からドラフト指名を受けたエンジニアはID番号表示になっており実名は伏せられているものの、どの企業が誰を、どの程度の水準の年収で指名したかが一目瞭然だ。
235人の中から17社が指名
転職ドラフトは今年2月末にエントリー受付を開始。約900人のエンジニアが応募した。書類審査を経て235人に絞られたエンジニアは、4月19~27日に企業からドラフト指名を受けた。参加したのはディー・エヌ・エーやヤフーなど17社。重複指名を含めると、延べ指名数は393人に達した。
参加エンジニアのうち、多くの企業から指名を受けたり、高い年収を提示されたりしたエンジニアが、冒頭で触れたようにサイトで紹介されている(年収は、「ゴッド級」「スター級」などとレベル表示される)。エンジニアは今月中旬にかけて、企業からの指名を承諾するか断るかを返答。承諾したエンジニアは企業の採用選考に進み、合格すれば晴れて転職となる。
リブセンスが転職ドラフトのサービスを始めたのは、国内IT業界の中核を担うエンジニアの待遇を改善したいとの思いからだ。同社によると、日本のエンジニアの平均年収は441万円と、米国(857万円)の約半分。ITエンジニアの多くが、自分のリアルな市場価値や他社でのやりがいを知りたがっている。
リブセンスは昨年8月から転職ドラフトの構想を練り、取引先や、役員の人脈を生かして参加企業を募り、サービスの導入にこぎ着けた。
能力はあるのに給与を抑えられがちなエンジニア。その待遇の底上げを図るには、プロ野球選手のような「1億円プレイヤー」とまではいかなくても、「1000万円プレイヤー」のようなスターのエンジニアを増やすことが必要だ。転職ドラフトには、そうした人材を発掘する狙いもある。
今回のドラフトで最多指名を受けたのは東京都新宿区の山田健太さん(仮名、30代)。これまでウェブサービスや、スマートフォン向けアプリの開発に携わってきた。自身の成長に悩み、転職を考えていた際に転職ドラフトの存在を知って応募した。
「使える技術の多さと、少数精鋭のチームで幅広い分野を担当してきたことが評価されたのではないか」と自己分析する。20代の別のエンジニアは6社から指名を受け、面接を経てこのほどリブセンスへの転職を決めた。「社風や事業内容も踏まえて決めた」という。
参加企業からも、今回のサービスを評価する声は多い。ネット店舗の開設支援を手掛けるBASE(ベイス)では、エンジニアの採用をこれまで人材仲介サービスに依頼してきた。これらのサービスの場合、提示した条件に沿う人材を紹介してはもらえる。
だがBASEは、今後の成長のためには、同社が提示する条件以外の様々な経験や発想を持つ人材の活用が必要と考えた。こうして転職ドラフトの利用を決めた。
転職希望者と、受け入れ先企業や仲介会社との個別交渉で待遇を決めることが大きい転職市場では、足元を見られた転職希望者が、不利な条件を受け入れざるを得ない場合も少なからずある。提示した条件を広く公開して透明性を高め(転職ドラフトに参加したエンジニアは、会員登録すると他のエンジニアに提示された年収の実額を閲覧できる)、エンジニアの経験を的確に評価しようとする点は評価できる。
デメリットとしては、オファーした企業や、提示された年収のレベルが世間に広く知れ渡ることだ。実名は明かさないとはいえ、ITエンジニアのような専門性の高い職種では顔見知りも多いだけに、個人が特定されやすい。そのエンジニアが受け取る年収に見合った仕事をしているか、転職先で同僚たちの厳しい目にさらされるだろう。また、転職先からさらに別の企業に移る際にも、それまでもらっていた年収などの状況が移籍先に筒抜けになってしまう。
実際、9社からドラフト指名を受けた山田さんは、個人が特定されるとして、職歴などの詳細は明かさなかった。これはエンジニアに限った話ではない。個人情報がさらされることへの抵抗感をなくすのは、一朝一夕にはいかないだろう。
リブセンスは、今後も転職ドラフトの開催を検討している。歩みはゆっくりになるかもしれないが、サービスを軌道に乗せ、ITエンジニア以外にも職種を広げて一芸に秀でた希望者を幅広く集めてもらいたい。そして転職市場のさらなる活性化につながることを期待したい。
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