自由化と原発のジレンマ

 次に原発と自由化について見てみよう。

 「原発政策を進めるなら自由化なんてしないほうが良い」とある政府関係者は明かす。自由化で新規参入するプレーヤーにとって、原発はやっかいな存在だ。新電力が主力とするガス火力発電は、原発に比べて運転コスト面で劣る。そのため原発を抱える大手電力と真っ向勝負しても勝ち目は薄い。

 足元で多くの原発が稼働を停止しているが、それでも新電力に与える「威圧感」は大きい。いつでも稼働できる原発があるという事実が、新しい火力発電所を建設しようと考える新電力を躊躇させる。発電所建設には10年以上の期間を要する。その間に「万が一にも原発が稼働したら、競争環境が激変して目も当てられない状況になる」(新電力関係者)からだ。

 ただ国が自由化のために原発を放棄することはなさそうだ。「一基も動かないとしても、原発はやめるべきじゃない」。経産省関係者はこう話す。エネルギー自給率の低い日本にとって、頻繁に燃料を輸入する必要のない原発は安全保障の観点から欠くことのできない電源だという。

佐賀県知事が再稼働について同意した九州電力の玄海原発(写真:毎日新聞社/アフロ)
佐賀県知事が再稼働について同意した九州電力の玄海原発(写真:毎日新聞社/アフロ)

 加えて原発の再稼働も進み始めている。佐賀県知事は4月24日、九州電力の玄海原発3、4号機の再稼働について同意を表明。今年3月には、関西電力の高浜原発3、4号機について出ていた運転差し止めの仮処分を大阪高裁が取り消した。

 問題なのは、こうした既存原発が寿命を迎えた後だ。福島原発事故後、新しい原発の建設計画はストップし、新設の見通しは立っていない。それでも国は中長期的に日本の発電需要の2割程度を原発で賄う方針を掲げる。国はこの目標の実現に向け、自由化を犠牲にしても原発新設を進めようとするのか、あるいは現実に目を向け、ある程度原発を犠牲にしても自由化を進めるのか。

原発と東電のジレンマ

 最後に原発と東電との関係だ。

 東電は経営合理化を進めており、利益を出しやすい体質になりつつある。だがコスト削減や効率化にはいずれ限界も見えてくる。長期に渡って安定して利益を確保するには、柏崎刈羽原発の再稼働が欠かせない。6、7号機が稼働すれば1000億円程度の収益改善効果が見込めるからだ。ただ事故を起こした東電が原発を再稼働させるハードルは高い。「東電という看板では原発は動かせないのではないか」という関係者からの指摘もある。

 東電を救うのに原発は不可欠だ。だが原発政策の推進という観点からすると、東電という看板はむしろ邪魔になってしまう。「原発事業で一番大切なのは、地域住民との関係を良好に保つこと」だと大手電力関係者は指摘する。事故で信頼を失墜させた東電が、地域との関係を事故前のレベルまで改善するには途方もない時間が必要だろう。つまり原発を推進していくならば、東電という名前はない方がいいということになる。

 2011年に福島原発事故が起きるまで、経産省の電力業界に対する主な関心事は自由化と原発にあった。この2つのジレンマを解くだけでも難題だが、事故後はここに東電再建問題が加わった。事故により業界のあり方を見直す機運ができたのは前進なのかもしれないが、事態は確実に複雑化した。

 鼻息の荒い経産省は、この3つの課題を一気に片付けようとしているように見える。だがジレンマを解く魔法のようなアイデアはまだない。二兎ならぬ三兎を追うことはできるのか。どの課題も中途半端な状態になり、結局、一兎をも得られないということになりはしないか、不安は残る。

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