第3次安倍政権が発足して初の国政選挙となる2つの衆院補欠選挙が24日投票され、即日開票した。与野党が激突した北海道5区は自民党新人の和田義明氏(44)が、無所属で野党統一候補の池田真紀氏(43)を破って初当選した。
北海道の補選は今後の参院選など政局を左右する可能性もあることから、日経ビジネスも注目。両陣営への取材を進めるとともに、記者は選挙最終日と開票日に池田氏に密着し、どのような選挙を展開しているのかをウオッチした。
取材は10年以上経験しており、国会議員など政治家への取材も何度もある。選挙の際には必ず投票に行っているので関心ももちろんある。しかし選挙取材は初めての経験。選挙結果の分析や池田氏の個別の政策などはいったん横において、選挙そのものについて知らないことや驚いたことも多かったので、それを紹介したい。
5分刻みのスケジュール
まず選挙最終日と開票日のスケジュールを確認しようと事前に池田氏の事務所に連絡したときのこと。スケジュール表をファックスしてもらって驚いた。すさまじく過密だったからだ。6時50分新千歳空港前の朝立ち演説から始まり、その後は5分刻みで移動し、20時まで活動する。街頭に立って演説する回数は25回にもおよぶ。北海道5区は千歳市や恵庭市から江別市、札幌市厚別区など南北に広がっているため移動距離も長い。これを12日間続けるのは相当のタフさが求められる。
実際、私は23日の選挙最終日、遊説についていっただけでクタクタになった。候補者は演説し、車で移動中も話し続け、手を振り続ける。選挙では当たり前なのだろうが、ついて回って話を聞く私なんかよりもっと負担は大きいだろう。
演説について回るといくつか不思議なことに気付いた。次の演説場所へ先回りし、長都自衛隊宿舎前に来た時のことだ。ピンクのジャンパーを着た池田氏陣営の人が場所取りをしている。なぜ場所を取るのか聞くと、「場所を取られないようにしたり、候補者が乗る車がすぐに場所を見つけられるようにしたりするためです。通る人にビラを配って候補者が来ることを知らせる意味もあります」と教えてくれた。候補者が来るとその人たちは立ち去った。次の演説場所に先に移動するためだ。街頭演説は見たことがあるが、こんな役割があるとは知らなかった。
そのときビラを配っていた支援者に「どちらの方ですか」と話しかけられた。名乗った後にあなたも池田氏陣営の方かと聞くと、「いやちがう、(勝手に候補者を支援する)勝手連だ」。とはいえ、声をあげ懸命にビラを配り、あまりに懸命に支援しているので素性を聞くと、「生活の党と山本太郎となかまたち」の関係者だと教えてくれた。陣営の人もこうした勝手連の人を咎めたり、誰だと詮索したりもしない。こうした選挙支援はよくあることなのだと気付かされた。
謎の「ありがとうございます」
移動中は候補者以外の運動員もマイクを使い、車の中からアピールする。先に話す男性運動員の内容に追随しながらも、後に話す女性は話が単調にならないようにアドリブで内容を変えている。そしてよどみない。選挙カーで話すプロなのだろう。その人たちは候補者名や政策を連呼しながらも、言葉の途中に何度も何度も「ありがとうございます」という言葉を挟む。例えば「池田まきをよろしくお願いしまぁ、ありがとうございます!」といった調子だ。町の人が手を振っているときに言うのは理解できたが、それ以外のときにも言っている。これは「支援されていますよ」感を出すためのアピールだと気付いた。
街頭演説といっても住宅街の公園などは人もまばらだが、大きな駅や大きなスーパー前にはたくさんの人が集まる。23日9時30分、恵庭市の恵み野駅での演説には雨が降り気温数度の寒い中、駅前に100人近い支援者が集まった。ざっとみたところ若い人はいない。みな70代ほどかと思われる人だった。そんな方たちが候補者の演説に合わせて「そうだ、そうだ」「勝てるぞ」など大声で合いの手を入れる。若い人は政治に関心がないというのを改めて肌で感じた瞬間だった。
関心を持ったので何人かに話を聞いてみた。ざっくりいうと話を聞いた半分の人は選挙区外、つまり投票権のない人。候補者の応援をしたくて駆け付けたということだ。「応援者=投票権のある人」が大半だと思い込んでいた記者は、各人が狙っているかは別として、集まることで盛り上がっている雰囲気を見せる心理的な効果もあると思った。
17時。人口の多い厚別区の中心地である新さっぽろ駅での演説。新さっぽろの「カテプリ」前での演説はこの選挙区では最重要かつ必須らしい。ざっと1000人は観衆が集まった。これまでは車から降りて話していた候補者だったが、ここぞとばかりに車の屋根に立って演説。精神科医の香山リカ氏や民進党の馬淵澄夫氏ら著名人が演説をする。車の下には元官僚の古賀茂明氏もいた。そんな中、車の側に毛布を羽織った小柄な女性が待機。だれかと思えば、池田氏の妹が飛び入りで参加。観衆はこのサプライズにどよめき、父からDVを受けた話、姉が自分を守ってくれた話、選挙期間中姉が誹謗中傷を受けたがめげていないといった話に聞き入り、池田氏を強く印象付けていた。
また「握手セレモニー」
20時を超えると候補者らは選挙事務所へ戻ってくる。同時に前原誠司氏ら民進党関係者が続々と事務所入りしていた。不思議なのは、前原氏が候補者だけでなく、関係者のほとんどと「握手」をしていたことだ。前原氏以外の人も同じように到着するたびに握手をする。労をねぎらうためなのか、結束を固めるためなのか。投票は明日で結果も出ていないのに何のためかわからず、奇妙な習慣に見えた。
開票日には支援者が事務所に集まり、固唾を飲んで選挙結果を見守る
これは翌日の開票結果を待つときも同じだった。18時ごろから事務所に関係者が集まり始める。民進党や共産党などが協力した選挙だが、民進党関係者ばかりだった。そのたびにもう見慣れた「握手セレモニー」が続く。昨日と違う点は机などが片付けられ、代わりに椅子が50個ほど並べられていたことだ。投票締め切りの20時を超えると支援者が集まり、この椅子に座って開票結果を待つのだという。20時を超え、集まるのはほとんどが老齢の支援者の中、ダボッとしたパーカーにキャップをかぶっている若い男女も入場し目立っていた。SEALDsの関係者だという。
私は選挙関係者の近くに陣取り、耳を澄ませる。聞こえてくるのは各地の投票率の状況や票読みだった。選挙管理委員会が発表する結果がすべてなのに、どのぐらい票を取ったか予測しようとするのは人間の性か。開票所に張り付いている党関係者から開票速報が続々とファックスされてくるが、開票が大詰めになるまでは「3500対3500」など両陣営同数のものばかりで何のためかよく分からなかった。
陣営では「自民党はかなり事前投票をやらせたらしい。その結果を出口調査で話させて、リードしている雰囲気を作るためだ」「無党派層の3分の2は取った、いける」など一喜一憂したり、「相手陣営の応援に松山千春が演説したが、話が長かったらしい」など雑談したりする場面が続く。
20時を超えると、時間とともに投票結果がテレビなどで報じられる。有利の報道に支援者からは拍手が起こり、不利な報道にはどよめきが起こる。20時からは接戦ながらも池田氏がやや劣勢だったが、誤解を恐れず言えば関係者や支援者はどこか楽しそうに見えた。政治は「まつりごと」というが、何か人を引き付け高揚させるお祭り的な魅力があるのかもしれない。
相手陣営が万歳する映像が流れる
22時30分、僅差で池田氏リードが報じられているさなか、NHKが相手陣営に当確を出した。今日一番のどよめきが起こり、事務所内が混乱する中、モニターには相手陣営がバンザイする映像が流れる。先ほどの盛り上がりが消え、みな真顔になる。「現状でほぼ差がないが、開票が残っている地区は相手陣営がかなり上回っているところなので、厳しいか」。票読みをする関係者からそんな声が聞かれる。速報では池田氏の方が多く票を獲得しているが、他社でも相手陣営の当確が流れ、事務所は残念なムードに包まれた。
当落が固まってから候補者がやってくるのも初めて知った。池田氏も相手陣営の当確が出てから10分ほどで事務所に到着。マイクを握った池田氏は悔しさを表しながらも、強力な相手陣営に肉薄したことに一定の手ごたえがあったことを力強く述べて選挙は終わった。
取材を通じて感じたことは、支援者が大声を出して応援したり、関係者間の握手があったりと、選挙関係者にとっては当たり前だが、通常の生活からするとみかけないふるまいが多いことだった。それが政治離れや無党派層を生む要因なのか。不思議に見える選挙戦、今後も折に触れて追いかけてリポートします。
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