3月下旬、日本経済新聞に掲載された記事を見て、ある人物の顔が思い浮かんだ。スマートフォンを使ってどんなクルマでも「つながるクルマ」にしてしまうアプリケーションを開発する米国ベンチャー、ドライブモードの上田北斗氏だ。日経ビジネスオンラインでも以前、取り上げたことがある(記事リンク)。新聞記事のタイトルは「ソフトバンク、IoTで新サービス VB8社と車や防犯」だった。
ドライブモードのオフィスはシリコンバレー(サンノゼ)にあるホンモノのガレージ。一般住宅の駐車スペースで開発業務を進める。左から2番目が上田北斗氏で、右から2番目が共同創業者でCEO(最高経営責任者)の古賀洋吉氏
さっそくスカイプで連絡を取ってみた。
「お久しぶりです」
「ご無沙汰しています」
日本時間の午前11時。ドライブモードがオフィスを置く一般住宅のガレージをバックに、上田氏がパソコンの画面に登場した。オフィスがあるサンノゼはサマータイムになったばかりで、午後7時だというのに外からの明かりが緩やかに差し込んでいた。
ソフトバンクの関係者も昨年、このガレージにやってきたという。ちょうど同時期、ソフトバンクは革新的な技術やビジネスアイデアを持つ異業種企業と組むことで新しい価値(ビジネス)を創造しようとする「Softbank Innovation Program」を始めていた。審査に通過した企業とソフトバンクが組み、新事業の開発を手掛ける。そこで必要になるテストマーケティングの環境や費用はソフトバンク側が用意する、というものだ。
対象領域は、「スマートホーム」「コネクティッド・ビークル(つながるクルマ)」「デジタルマーケティング」「ヘルスケア」の4分野。同プログラムの存在を知ったドライブモードは、すぐに応募。一次選考を通過した。今後は、ソフトバンクと共にテストマーケティングを実施し、商品化するかどうかはソフトバンクが年内の最終選考で決めるという。
とはいえ、ドライブモードの事業自体はソフトバンクとは関係なく、米国などですでに始まっている。ここで少し、その内容を紹介したい。
カーナビが不要になる?
ドライブモードのコンセプトは、全てのクルマを「つながるクルマ」にすることにある。現在、自動車メーカー各社が販売しているクルマの多くは、ナビゲーション画面などを使って、ドライバーが運転中にインターネットを介して様々な情報を受け取れるようになっている。一方、ドライブモードが考えるのは、新車も中古車も関係なくインターネットにつながる世界。そのために必要になるのはスマホだけだ。
同社が開発したアプリを使えば、地図やメール、音楽再生といったさまざまな既存の機能を運転中でも操作できるようになる。スマホを視野の端で捉えられる場所(ダッシュボードなど)に固定。鮮やかな色彩と音声でスマホ画面がメニューのどこを表示しているかが分かり、タッチやスワイプ(撫でる動作)といった簡単な動作でスマホに指示を与えられる。
ドライブモードのアプリ。左は電話中、右は音楽プレイヤーの画面
ここまでの機能の開発は終えており、英語版や日本語版のダウンロードが可能。イタリア語やフランス語などへの翻訳も進んでいる。「ユーザーからの反響は大きい。現在はアンドロイド向けしかないが、今後はiPhone向けも開発していく」と上田氏は言う。
記者が同社を最初に取材してから約1年。改めて話を聞くと、もっと興味深い世界がドライブモードの行く先に広がっていることが分かった。自動車メーカーとの連携だ。
昨年、話を聞いた時の記者の印象は、「ドライブモードの取り組みは自動車メーカーから反感を買うのではないか」というものだった。というのも、ドライブモードのアプリをドライバーが活用するようになれば、あらかじめクルマに搭載されているナビゲーションシステムとそのための液晶画面がほぼ不要になるからだ。
すでにその兆候は出始めている。こんな経験はないだろうか。米国でレンタカーを借り、クルマのナビを使うも、あまりに使いづらい。結局、自身のスマホでグーグル地図を立ち上げ、そのナビ機能を使って移動することにした――。
もちろん、アプリをそのまま使うと運転時に操作しづらく、事故の原因にもなるのでやめた方がいい。ドライブモードはまさに、操作性の高さでこの問題を解消しようとしている。
自動車メーカーとは馬が合わないように思ったが、上田氏に話を聞くと、自動車メーカーも重要な提携先になり得るという。なぜか。カギを握るのが、ナビなどのソフトウエアではなく、クルマに搭載されたカメラやセンサーなどのハードウエアだ。
財布を持たずにドライブできる
新しい車には実にさまざまなセンサーやカメラが搭載されている。社内外の温度を知るための温度計、スピードメーターといった従来の計測機器はもちろん、死角の画像を映し出すカメラ、前方のクルマとの衝突を防ぐ赤外線距離センサーなど、その種類と数は増える傾向にある。
ドライブモードの狙いはここだ。自動車メーカーと提携することで、こうしたセンサー類から得た情報をスマホへ送り、アプリで使えるようにする。すると、全くの新しい「ユーザー体験」を提供できるようになる。
例えば、ガソリンが少なくなってきたことに気付かないドライバーに、こんなアラートを出す。
「あと○リットルしか残っていません。この調子だと、目的地に到着する×分前にガス切れになります」
同時に、スマホの地図検索機能を使って近くにあるガソリンスタンドを何件か探し出し、ドライバーに提案。グーグルの検索機能などを使って、現在、給油スペースに空きがあるか、価格はいくらか、クーポンは使えるかなどの追加情報も出す。こんな新しい世界が広がるのだ。
ここまでなら、グーグル機能とさえ連携できればドライブモード単独で実現できる可能性もある。ただ、他社、特にIT以外の異業種と連携すれば、もっと便利な体験をユーザーに提供できる。
例えば、こんなシーン。ドライブ中にコーヒーが飲みたくなってきた。スマホに音声で「コーヒーショップを探して」と告げると、スマホが検索して近くのスターバックスを何件か表示してくれた。そのうちの1件に電話。コーヒーを1杯注文してドライブスルーに行くと、既にコーヒーが用意されている。決済は注文時にスマホを介して済ませているので、コーヒーを受け取るだけで済む――。
この場合、提携先はスターバックスとクレジットカード会社になる。「すでにこんなシーンを想定した提携話が来ている」(上田氏)という。
自社製品にこだわり過ぎると危ない
「マーケティング・マイオピア」という言葉をご存じだろうか。かくいう記者も、最近、取材先の方と話をしている中で知った。ハーバードビジネススクールの教授だったセオドア・レビット氏が1960年に発表した論文のタイトルで、「近視眼マーケティング」などと訳されている。自社が展開する事業領域に閉じた視点でいると、時代の変化に見合った新規事業を開発しにくく、やがては衰退してしまうことを指す。
上田氏の話を聞いていて、記者の頭に思い浮かんだのがこの言葉だった。最近、自動車メーカーに限らず、さまざまな分野で自社の製品をIoT化する事例が増えている。工事現場の進捗状況を見える化できる建設機械、農地の状態を数値で明らかにできる農機、工場の生産状況をリアルタイムで把握できる工作機械などである。
もちろん、自社の製品をIoT(モノのインターネット)化することで全く新しいサービスを展開することには賛成するし、どんどん推進すべきだと思う。ただ、長期的に見た時に少しだけ心配になるのは、「自社の製品だけに閉じて」いると、やがて「どこの製品でも対象とする」サービスを展開する会社に、根こそぎ市場を奪われるのではないか、という点だ。
ドライブモードは後者になり得ると記者は見ている。そんなドライブモードが、「自動車メーカーとの提携話をいくつか進めている」というのを聞いて、正直、安心した。両者の利害が対立するのではなく、早い段階で手を結ぶことで、関係者すべてにとってメリットのある落としどころを見つけられるのではないかと思うからだ。
「またシリコンバレーに行ったら、お邪魔させてください」
そう言って、上田氏とのスカイプを終えた。マーケティング・マイオピアに陥らないために、必要なことは何か。日経ビジネスという雑誌についても、取材先の事業についても、そんなことを考えながら仕事をしていきたいと思った。
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