ネウロズを楽しむクルド人の家族

 定住が続いたのは、川口市の土地柄や地理的な要因も大きそうだ。元々、川口市は鋳物産業が盛えた工業の街で、中堅・中小企業が集積していた。そこで外国人労働者が働き、市内に住んでいた歴史があり、外国人受け入れに寛容な土地柄と言われている。東京の中心部から電車で30分程度と交通の便が良い割には、都心部に比べ家賃など生活費が安くすむというのも、定着した理由と考えられる。

 大半のクルド人は、中東から地理的に近い欧州へ、難民として逃げているという。だが一部は、ビザを取得しなくてもまず入国が可能な日本を目指し、今も増え続けているようだ。トルコ国籍のクルド人の場合、3カ月間の滞在が許される観光目的として日本に入国。その後、難民申請や国内で働けるビザの取得により、日本への長期滞在を目指すパターンが多い。

クルド人起業家も誕生していた

 チョラック氏の話で初めて知ったのは、日本での滞在が認められたクルド人が現在、建設会社などを起業し、同胞のクルド人だけでなく日本人も雇用しているということだ。チョラック氏が知る限りでは約20社、クルド人が創業した建設会社が存在するという。主に、建設現場における足場づくりや解体作業などを担っている。

 その一社が建設会社のウルジャポン(東京・港区)。社長のメフメット・タシ氏は1993年、トルコからクルド人難民として日本へやってきた経歴を持つ。多くを語らないが、難民申請では苦労したようだ。ただ、現在は日本人と結婚し永住権を持っている。

ウルジャポンのメフメット・タシ社長

 同氏は来日後、建設現場で長く働いていた経験を生かし、ウルジャポンを起業した。年商は約1億円で社員数は約40人。社員の約9割がクルド人で、パキスタン人や日本人もいるという。「品質や工期をきちんと守るというポリシーを評価してもらえて、大手や中堅の建設会社などからの仕事の発注が途切れず、現在の経営環境は良好」(メフメット氏)だという。

 2020年の東京五輪もあり、首都圏における建設現場での人手不足は深刻化しつつある。同社が活躍する機会は今後も増えそうだ。元々は難民として来日したクルド人が、日本で働く権利を得て起業し、建設業界を通じて日本経済を支えているという事実が興味深い。

 「住民税など様々な税金が高いのが難点だが、日本は静かでケンカも戦闘もなく平和でいい」と、メフメット氏は日本での生活に満足している。より多くの仕事を請け負うため、会社の社員数を増やしていきたいという。

 建設業だけでなく、製造業や飲食業など、日本国内の多くの業界で現場のオペレーションは、外国人労働力なしに成り立たなくなっている現実がある(「移民ノミクス」)。

 治安面などでの反対意見はあるものの、もはや日本人だけでは経済規模や経済活動の維持が難しくなりつつあるのは間違いない。川口市や蕨市だけでなく、外国人と日本人の多文化共生エリアは東京以外にも広がっている(「外国人が7割、驚愕の公立小が横浜にあった」)。