「カリスマ経営者は、一体いくつになったら現役から退くべきなのだろうか」
先週、取材中にぼんやりとそんなことを考えていた。4月7日に開かれた、セブン&アイ・ホールディングス鈴木敏文会長兼CEO(最高経営責任者)の退任会見でのことだ。
83歳の現役カリスマ経営者である鈴木会長は、セブン&アイの村田紀敏社長(72歳)と古参の顧問2人(81歳と77歳)を引き連れて会見場に姿を現した。そしておもむろにマイクを握り、傘下にあるセブン-イレブン・ジャパンの井阪隆一社長への批判を始めた。
写真は左から、鈴木会長と村田社長、その先に顧問が2人続いた。4人の平均年齢は約78歳と高い(撮影:的野 弘路)
「(井阪社長は)全部自分でやってきたように話すけれど、実は私がすべての経営方針を固めていた」「けんか腰で私に食ってかかってきた」と鈴木会長が語れば、同席した顧問は、井阪社長に退任を促すため、父親の家に訪れたエピソードを披露。人事案をスムーズに通すために創業オーナーである伊藤雅俊名誉会長に根回しに行ったけれど「判子をもらえなかった」と明かすなど、生々しい話が延々と続いた。
日本を代表する流通コングロマリット企業の内情とは思えない稚拙なガバナンス体制と、平均年齢78歳の4人の立派な経営者が語ったとは思えない話の内容に、居合わせた記者の多くが、私と同じように衝撃を覚えたのではないだろうか。
現場の様子は是非とも「セブン会長、引退会見で見せたお家騒動の恥部」をお読みいただきたい。
「自分で考えたことをこの先何年もは実行できない」
この最中、冒頭に記したように私がぼんやりと考えたのは、鈴木会長の次のような言葉がきっかけだった。「私自身、今までのように、自分で考えたことをこの先何年も実行できるわけではありません。後継を育てることが必要だと常々感じていました」
鈴木会長自身が井阪社長を選任したけれど、期待通りでなかったために別の後継者を育てなくてはならない。そのためにもまず井阪社長にセブン-イレブン・ジャパン社長を退任してもらう必要がある。そんな主旨で語られた言葉だった。
このコメントを聞いて、私には次のような疑問が浮かんできた。「仮に鈴木会長が今の年齢から新たな後継者を育て始めるとして、一体、いくつになるまで経営トップをやり続けるつもりだったのだろう」。こう感じた瞬間、そういえば今年に入ってまだ3カ月半しか経っていないのに、同じような疑問を別の会見でも抱いた、ということを思い出した。
今年2月、ロッテホールディングス(HD)筆頭株主である光潤社の重光宏之代表が開いた会見だった。ロッテHDも2015年1月から、創業者である父の重光武雄氏と、長男宏之氏、次男昭夫氏の間で、骨肉の争いが続いていた。
日本と韓国で事業を展開するロッテグループ。これまでは長男の宏之氏が日本ロッテを、次男の昭夫氏が韓国ロッテを経営し、これらを創業者である父の武雄氏が束ねてきた。
だが2015年1月、武雄氏は突如、長男の宏之氏を解職。その後、ごたごたが続き、結局は武雄氏も経営の座から去り、次男の昭夫氏が日韓ロッテグループを束ねていく方向で一段落した(一連の様子は、本誌2月8日号から5号連続で連載を掲載。詳細は「シリーズ検証 ロッテ騒動、グローバル化の試練」をご覧ください)。
93歳の経営者は、あと30年続けられるのか
だが、今年に入っても兄の宏之氏は会見を開き、次男の昭夫氏や現経営陣らによる、自身や父親に対する解職の不当性などを訴えてきた。2月に開かれた会見で、宏之氏は特に、ロッテ創業者である父・武雄氏が、ロッテの経営の中枢に戻るべきであると強調し、驚きの証言をした。
「(父である武雄氏は)この先まだ10年でも20年でも30年でも元気で大丈夫だと言っている」。だから再び経営トップに戻すべきである、といった主旨の発言であった。
会見場でメモを取っていた私は、思わず武雄氏の年齢の93に、20や30を足してみた。結果は113と123。早速グーグルで調べてみると、どうやら人間の寿命は現時点では長くても120歳くらいとされているようだ。
つまり武雄氏が主張する通り、この先30年も経営トップを続けるということは、一般的な常識からすれば難しい。さらに、この先、加齢に伴って体力や判断力は衰えていくと考えるのが普通だ。
それにもかかわらず、カリスマ経営者のトップダウン体制を今後も続けていけると本人や周りの幹部が考えているならば、それは思考停止以外の何ものでもないだろう。何より、この先、人間の寿命の壁と対峙する超高齢のカリスマ経営者にすべてをゆだねることは、企業を危機にさらすことにもつながる。
仮に命にかかわる病気や怪我に見舞われなかったとしても、加齢により記憶力や判断力が低下すれば、それが企業経営にとって致命的なミスとなるケースも十分想定できる。事実、ロッテの場合には、昨年12月、武雄氏の実妹が韓国で武雄氏に対して、成年後見人制度の選定を申請している。
長男の宏之氏が父の復権を主張する一方で、ほかの親族は、後継人を置く必要があると感じているわけだ。うがった見方をすれば、思惑の異なる兄弟の間に挟まれて、武雄氏は、兄弟が互いの主張を有利にするために利用されているとも見えてしまう。そして、本人がそれに気が付いていないことが、何よりも問題なのではないかと懸念してしまうのだ。
経営者の真の実力が試される引き際
カリスマ経営者の輝きはいくつまで続くのか。当然、個々人の状況により大きく異なるとは思う。特に創業者であれば、やはり自ら生み育てた会社の経営にはいつまでも携わっていたい気持ちは強いはずだ。それは理解できる。
だがそれだけ自分の企業を大切に思うのであれば、80歳や90歳を過ぎてもカリスマ経営者として意思決定に携わり続けることよりも、ある時期からは、自身の年齢によって企業が抱えることになるリスクをきちんと理解し、後継者を選び、育て、任せることに注力をすべきではないのだろうか。
冒頭に紹介したセブン&アイの鈴木会長は、会見の最後に記者から「後継者を育てられなかったのではないか」と問われ、「私の不徳といたすところです」と笑みを浮かべた。会見中、鈴木会長は何度も空を見つめ、時に笑顔を見せながら、穏やかに話を重ねていった。悲壮感などはほとんどない会見だったが、最後の表情にはどこか寂しさが漂っていた。
いくつになったら、どのような形で、後継者に道を譲るのか。経営者の真の実力が試されるのは引き際なのだと改めて強く感じた2つの会見だった。
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