「UPDATE JAPAN(アップデートジャパン)」。3月中旬、ヤフーの宮坂学社長はそう書かれた真新しいステッカーを嬉しそうに見せてくれた。ちょうど出来上がったばかりと言い、さっそく自身のタブレット端末にも貼り付けていた。
ヤフーの宮坂学社長は自身のタブレット端末に「UPDATE JAPAN」のステッカーを貼っている(撮影:的野 弘路、以下同)
東京・六本木の東京ミッドタウンにある本社オフィスのそこかしこにも、UPDATE JAPANと書かれたポスターが掲示されている。これは、「Yahoo!JAPAN(ヤフージャパン)」の20周年を機に宮坂社長が打ち出した新ビジョン。今のところ社外には公表されていないが、4月末の決算説明会で初お披露目となるかもしれない。
「ネット普及」という使命を果たした20年
1996年4月1日に産声を上げた国内最初の「ポータル(玄関)サイト」は今年4月、20歳という区切りを迎えた。UPDATE JAPANは、「次の20年」に向けた新たなビジョンとして、3月1日の朝礼で、宮坂社長の口から全社員に伝えられた。
「インターネットがこれだけ20年で便利になったのに、今の日本は希望や幸福度がほとんど変わっておらず、主要先進国で最低クラスという調査がある。だからこそ、もっと未来に対して明るく前向きな希望を持てるようなヤフージャパンのサービスを作っていきたい」
「そんな思いを込めて、次の20年で挑戦したいビジョンとして『UPDATE JAPAN』を定めました。IT(情報技術)の力を使って、日本全体をどんどんアップデート(変革)していこう」
宮坂社長はこう補足する。「昔からあるものを強化するのではなくて、何か新しい方向に日本を引っ張ろうと。課題解決しまくって、結果的に日本がアップデートされたよね、というふうになればいいなと」。
宮坂社長は、2012年の社長就任以来、「課題解決エンジン」や「爆速経営」といった標語を掲げてきた。前者は「社会の課題をITの力で解決する」という意味の企業理念で、後者はそれをスピード感を持って進めるためのスローガン。近年は、PC(パソコン)からスマートフォンへのシフトを爆速で進める、といった文脈でも用いられてきた。
ただ、筆者はこれらの標語に、弱さというか、物足りなさのようなものを感じていた。全てのIT・ネット企業に共通する言葉をヤフー流に言い換えたに過ぎないからだ。
半面、UPDATE JAPANという新たなビジョンには、それらとは一線を画した意味がある、と思っている。少なくとも、これまでとは違う「新たな使命」を見つけようとする覚悟を感じるのだ。
この20年、ヤフーは「日本にインターネットを根付かせる」という使命を帯び、突き進んできた。誰もが目的の情報に簡単にアクセスできる「検索エンジン」から始まったヤフーは、あらゆるサービスを自前で構築してネットの便利さを人々に伝えてきた。
「Yahoo!ニュース」ではメディア各社の説得を経てニュースの伝達速度を飛躍的に高め、「ヤフオク!」では膨大な中古品の流通市場を築いた。同時に、「Yahoo!BB」でブロードバンドを日本に普及させるなど、インフラ面でも日本のネット文化に貢献してきた。
そうした使命を果たした後、ヤフーは何をすべきなのか。ヤフーに突きつけられた本質的な問いへの答えを、新たなビジョンは示している。つまり、日本社会全体に寄与するような、インパクトをもった新しい何かを「再び」成し遂げる、ということだ。
海の向こうにいる生みの母、米ヤフーは新たな使命を見つけられず、「身売り」を余儀なくされている。中核事業の売却を検討しており、米メディアによると米通信大手ベライゾン・コミュニケーションズや米グーグルが名乗りを上げているという。
だからだろうか。現場を統括する役員からは、危機感や覚悟の強さが伝わってくる。
「既存道路の修繕がようやく終わった」
断っておくが、ヤフーの業績は絶好調で、米ヤフーとは対照的に伸び続けている。
2015年4~12月の3四半期累計で、売上高は前年同期比43.3%増の4452億円、営業利益は同34.7%増の1950億円となり過去最高を更新。2015年度は残り3カ月を待つことなく、前年度の売上高を超えた。実際に利用している月間アクティブユーザー数も増えており、2015年10~12月期の平均は、前年同期より約300万増の3191万だった。
客観的に実績を見れば、宮坂社長以下、現経営陣は「超」が付くほど優秀だと言えるだろう。だが、「過去の遺産で食べている」とも言える。そのことを、ショッピングカンパニー長を務める小澤隆生執行役員は、「あくまで持論」と前置きながら、こう表現する。
ヤフーでショッピングカンパニー長を務める小澤隆生執行役員」
「これまでは、新しいゴールを語っているわけではなかった。新しい価値を見出すことにそこまで一生懸命になっていたわけではなく、既存のサービスをひたすら良くすることを考えていた。資産を引き継いだ経営陣が、穴ぼこを埋めたり拡張したりしながら、マイナスにならないよう、上手にやってきたわけです」
その上で、小澤執行役員は、新ビジョンを自分なりにこう解釈していると語る。「既存道路の修繕や改修がようやく終わって、今度は新しい目的地に向かう新たな高速道路をどーんと作ろうぜ、ということだと受け取っている。20年はいい区切りじゃないかな」。
例えば、既存サービスをスマホのアプリへと置き換える作業は大改修の1つだろう。あるいは、「eコマース革命」と銘打ったショッピングモールの手数料無料化なども。スマホ経由で買えるようになったり、買えるモノの種類が増えたりしても、「ネットでモノを買う」という行き先は変わらない。では、新たな目的地や道路とは何か。その1つとして、小澤執行役員は「飲食店のネット予約」を見据える。
「全ての飲食店がネット経由で予約できるようになれば、絶対に便利な世の中になる。でも、ヤフーの予約サービスも含め、世の中の現状は全くイケていない。これを、(約1000億円を投じて買収した高級ホテル・飲食店予約の)一休をテコにして、一気に変えていく」
「登る山を決めないことには登りようがない」
ヤフーはこの20年、例えばSNS(交流サイト)やスマホ向けメッセージアプリという分野で「Facebook」や「Twitter」、「LINE」などに次々と抜かれていった。世界では「Uber(ウーバー)」や「Airbnb(エアービーアンドビー)」といったシェアリングエコノミーと呼ばれる新興勢が急成長しており、日本にもその波が訪れつつあるが、ヤフーはもともと強かった分野を守ることに必死で、こうした新規分野を開拓することができていなかった。
これまでは、それでも成長し続けることができた。しかし、これからの20年は、それでは生き残れない。そんな覚悟が、新ビジョンに込められていると筆者は理解している。
新ビジョンを、大言壮語と捉える向きもあるだろう。確かに最近の宮坂社長は、「Yahoo!ニュースの独自記事からピュリツァー賞を出す」「技術で米グーグルや米フェイスブックに次ぐ2番手集団、世界10位以内を目指す」と、大きなことを口にする機会が増えた。
しかし、宮坂社長が「登る山を決めないことには登りようがない」と言うように、目指す場所のイメージを共有しないことには変革は起き得ない。過去の栄光にあぐらをかくという「強さゆえの弱さ」を認識し、次の20年に向けて意識改革を始めたという意味で、評価に値するのではないだろうか。少なくとも筆者には、これまでの標語よりも、よっぽど魅力的に映っている。
社内の至る場所に掲示されている新ビジョンのポスター。宮坂社長いわく、「UPDATE 『Yahoo!ニュース』とか、UPDATE 『俺』とか、それぞれのアップデートが書き込めるよう、小細工を施した」
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