日本時間4月1日。クルマが“走るスマホ”になった。記者はそう思った。
「開店前には行列ができていましたよ」。その前日、米テスラ・モーターズは新型電気自動車(EV)「モデル3」の店頭予約を開始した(関連記事はこちら)。テスラの広報担当者に、青山店が予約客で溢れていると聞いた時、「iPhoneじゃあるまいし、行列なんてあり得ない」と正直、思ったのだった。
すぐにテスラの青山店に向かうと、既に行列は解消されていたものの、店内は予約客で賑わっていた。応接テーブルは予約客で一杯。待たされている人もいた。海外のテスラ店舗では、前日からテントで泊まりこんだ予約客もいたという。まさにiPhone発売前夜のアップルストアのようである。
さらに驚いたのは、予約の手軽さだった。個人名などの情報とクレジットカードの番号を入れて終了。予約のウェブサイトの画面もシンプルで、クルマを予約するための様式とは思えない。「スマホ買うみたいだね」。店内からはそんな声が漏れた。
しかも、この混雑は、テスラが新車を発表する前日のこと。事前に「3万5000ドル(約390万円)のEV」であることは公表していたものの、デザインや正式な発売日も発表していない。にもかかわらず、である。
もちろん、シンプルなウェブサイトで簡単に予約でき、いつでもキャンセルできるという仕組みはテスラのマーケティング戦略だろう。高級ブランドイメージを先行させ、新型で手に入りやすい量産車に一気に舵を切る方法も予約が殺到した理由だろう。
初代iPhoneと全く同じプレゼン手法
筆者がクルマが“走るスマホ”になったと感じたのは、こうした発表前日の行列を見聞きしたのに加え、発表会そのものの演出にもあった。
「今夜は皆さんに素晴らしいプロダクトをお見せします。きっと驚かれるでしょう」。米国時間3月31日にロサンゼルスで開いた発表イベントで、イーロン・マスクCEOはこう切り出した。そしてこう続けた。「でもその前に、なぜテスラが存在するのか。なぜEVをつくるのか。それに何の意味があるのか話をしよう」。
排ガスや二酸化炭素などの環境問題に触れたあとで、これまでに発売した「ロードスター」や「モデルS」、「モデルX」が何を変え、自動車業界にどんな影響を与えたのかを、分かりやすい身振り手振りを交えながら語り始めた。
「ロードスターのユニークな点は、それが世界初の本当にすばらしいEVだったこと。それまでは、誰もがEVは遅く、ダサく、航続距離は短く、パフォーマンスも悪いものだと思っていた。その固定観念を壊す必要があった、私たちは非常に少ない台数しかつくっていなかったが、自動車業界にはかなり大きな影響を与えた」
「多くの人が、ロードスターを『高すぎる』と言った。日常的に使えるクルマや、世界のすばらしいセダンに対抗できるクルマを作ることはできないだろうと言った。そこで私たちはモデルSをつくった」
この話法や演出は、初代iPhoneを発表した故・スティーブ・ジョブズ氏をほぼ踏襲していると言っていい。ジョブズ氏も、米アップルが成し遂げた「Mac」や「iPod」による業界全体の変化に触れ、「3つ目」の革新としてiPhoneを発表したのだった。
余談だが、マスクCEOはエイプリルフールにちなんで「今夜は(実物を)お見せできません…。冗談です!」と会場を笑わせたが、ジョブズ氏もスクリーンを前に「これがiPhoneです」と言ってiPodの画像を表示させ、「冗談です!」と笑わせたことがある。
もちろん、演出だけでなく、クルマの中身も“走るスマホ”になった。
自動車にアプリを追加する時代が来る
モデル3のユーザーインターフェースはこれまで同様、センターコンソールに配置された大型のタッチスクリーン。iPhoneに最新OS(基本ソフト)のアップデートを行うように、テスラのクルマも最新のソフトウェアをダウンロードして最新機能を追加する。現在、モデルSでは日本の通信回線はNTTドコモの回線を使っている。
モデルSと同じように、前方を認識するセンサー類は標準装備。テスラが日本でも導入している自動レーンチェンジや前方追尾機能も搭載される。さらなる自動運転機能も順次、追加されていくだろう。高級車だけでなく、テスラのOSを搭載するクルマは価格を問わず最新機能を追加できる。これもスマホと同じだ。
さらに言えば、これからOSの情報が開示されるようになれば、スマホのように第三者がテスラ車用のアプリを開発する時代が来るに違いない。素人考えでも、アクセルやブレーキの情報から燃費を改善するアプリや、走った場所やコースを分析してドライバーが好むルートを選び出すアプリなど、様々なアプリが期待できる。
モデル3のセンターコンソールにも大型のパネルが配置されている
米グーグルやアップルなどが自動車分野に参入したことが示すように、クルマにとってもソフトウェアが重要になることは間違いない。
情報インフラを誰が牛耳るのか。それがスマホのように寡占化するのか、それとも各カーメーカーが独自の規格で進めるのか、世界的な動向はまだ見えない。ハードウエアとソフトウエアの力関係も、スマホと同じようになるのかは分からない。
しかし、スマホのような「モデル3」への予約殺到ぶりは、「完成した時が最も性能が高い」という従来の自動車業界の常識が、完全に過去のものになったことをはっきりと示している。
■訂正履歴
「日本の通信回線はNTTドコモの回線を使う」とありましたのは、正しくは「現在、モデルSでは日本の通信回線はNTTドコモの回線を使っている」です。
お詫びして訂正します。本文は修正済みです。 [2016/4/13 11:00]
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