世界経済の最大の懸念となっている中国の景気減速がさらに深刻化している。唯一景気を引っ張っていた個人消費が今年1~2月(期間累計)に、前年同期比で10.2%増と、昨年12月の同じ伸び率を0.9ポイント下回った。伸びとしては大きいように見えるが、2014年末まで毎月12~13%も伸び続けたことを考えると、水準自体も相当に切り下がっている。
さらに輸出は、同じく今年1~2月に前年同期比で17.8%の大幅減となった。昨年から、ほぼ毎月、マイナスが続いているが、その中でも最大の落ち込みとなった。
唯一、景気を支えたのは、建設や設備などへの固定資産投資。1~2月は同10.7%で昨年12月を約3ポイント上回り、減速に歯止めをかける格好となった。正確な内訳は分からないが、今年に入って地方政府向けと見られる長期融資が大きく伸びていることを考え合わせると、公共事業が中核だった可能性が高そうだ。あえて言えば、今の中国経済は、政策で持ちこたえている観が強くなっているのである。
現代版・シルクロード構想を動かす
世界一の共産主義経済大国である中国が、政府の力を最大の推進力に成長を遂げてきたことは今更言うまでもないだろう。だが、同じ時期、中国は中東への働きかけを活発化させ始めたことと重ね合わせると、もう1つ面白い姿が浮かび上がる。中東・中央アジアを、ヒト・モノ・カネで密接につながる自らの裏庭とし、米国と対抗しようとしているかのようなそれである。
今年1月、イランを訪問した中国の習近平・国家主席(左) (写真:AP/アフロ)
今年1月16日、中東の大国、イランの核開発疑惑に対して欧米が行ってきた経済制裁の解除が発表された。すると、わずか3日後に中国の習近平・国家主席が、イランとサウジアラビア、エジプトを次々と訪問した。もちろん、経済制裁解除が決まったから即座に駆けつけたということはありえない。解除自体は昨年夏、固まっており、今年1月にも正式決定という動きは早くから分かっていたから予定の行動なのだろう。世界が注目するイランの国際舞台復帰に合わせて中東に飛び込み、この地域での中国のプレゼンス(存在感)をアピールしようとした可能性は十分ある。
今、中国はこの地域で何をしようとしているのか。まず正面から考えれば、経済関係の強化である。「中東・中央アジアに多額の投融資を行い、そのためのインフラ整備や経済振興による需要を中国が取り込む」(ニッセイ基礎研究所の三尾幸吉郎・上席研究員)というわけだ。
もはや、中国の国内経済の停滞が一過性のものではないことは明らかだろう。低人件費をテコに世界の工場となって成長する従来の経済モデルが壁に突き当たり、設備・生産過剰が大きな重荷となってきた。そしてそれは、循環的に回復する類のものではない。そのことへの中国政府の恐れが「急接近」に現れているのかもしれない。
「一帯一路」--。中国は景気の減速が少しずつ姿を現し始めた2014年春、こんな名の壮大な開発構想を打ち上げている。構想は2つに分かれていて、そのうちの「一帯」は西安から中国西部地区を抜け、中央アジア、イラン、トルコを経由し、遙かイタリア・ヴェニスに至る広大な地域で、鉄道などのインフラ整備と産業投資を進めるというものだ。中国西部地区から欧州までを一帯として結び、経済発展の基盤を作ろうというわけだ。現代版・シルクロード構想とさえ呼ばれる大計画である。一方、「一路」は、そのヴェニスから地中海、スエズ運河を抜け、アフリカ東岸、インド洋を経て中国に戻る海路である。
あまりに「壮大」で、これまで実効性を疑問視する声もあったが、実際には着実に手を打ってきている。2014年12月にはインフラ投資のためのシルクロード基金を立ち上げ、400億ドル(4兆4800億円)を拠出。日米の参加を巡って激しいさや当てが繰り広げられた挙げ句、中国主導で昨年末発足したアジアインフラ投資銀行(AIIB)も、この大構想のためのインフラ投資が主要な目的になっている。
中東の主導権争いを米ロのゲームにしない
世界第2位の経済大国に成長した中国の発展はこれまで海から進んできた。沿海部から開発が進み始めたのだが、1つ内側の内陸部、さらに先の西部地区へと奥地に向かうに従って開発の段階は上がらず、発展は遅れてきた。結果として経済格差は大きく開き、西部地区の新彊ウイグル自治区やチベット(西蔵)には不満が鬱積している。もともと、これらの地域は、少数民族問題を抱え、中国にとっては火薬庫にさえなっている。住民の不満をかわすために経済発展はもはや必須となっている。
中国の目論見は、中東・中央アジアに資金を提供し、開発のためのインフラ・資材を西部地区から輸出する事。これ自体、鉄鋼を初めとした中国国内の過剰設備・生産などのはけ口に使えるものでもある。さらに、中東・中央アジアが発展すれば、中国・西部地区との交易も盛んになり、やがては投資も呼び込める…。
「一帯」構想が狙うのは、海からのヒト・モノ・カネの浸透が十分でなかった内陸部と西部地区に、今度は中東・中央アジア側からそれが流れ込む形を作るというわけだ。
だが、この遠大な構想は実は、経済の成長を狙うだけのものではない可能性がある。その内懐に経済権益をさらに強固に取り込む地政学的戦略も隠し持っている可能性がある。
「中国はこれまで中東には軍事的なプレゼンスを持てなかった。今もすぐには軍を駐留させるようなことはできないが、経済的な恩恵を及ぼして強い関係を築くことは出来る」。東京財団の小原凡司・研究員は、こう言った上でさらに指摘する。「この地域での影響力を拡大し、テロと内戦で混乱を極める中東の主導権争いを米ロだけのゲームにしない、と考えている可能性がある」。
中東の環境は中国に“追い風”
環境は、中国にとって追い風とも言える。その1つは、ロシアの変化。イランと強い関係を持ち、中央アジアで中国同様の開発構想をもってきたロシアは、原油価格の暴落で経済が疲弊。国内経済立て直しのためにも、中国の力を当てにせざるを得なくなってきたのだ。内心はともかく、最近、中国との関係改善が進む裏にはそれがあると見られる。
一方で、米国も難しい立場に追い込まれている。猖獗を極めるテロやシリア問題、クリミア問題への対応で手詰まりになり、「その対策としてイランに注目した可能性がある」と、東京財団の渡部恒雄・上席研究員は指摘する。イランはシリアのバッシャール・アル=アサド大統領や、レバノンの反政府武装組織、ヒズボラ、反イスラエルのイスラム原理主義組織、ハマスを支援し、ロシアとも近いからだ。
イランは、過激派武装組織、イスラム国(IS)とは対立しているから、「イランとの関係を正常化すれば、ISへの圧力を強められるし、テロやシリア問題を動かすきっかけになるかもしれない。ロシアとの対立を改善するためにも使えるかもしれない」(同)というわけだ。
イランの制裁解除に米国が同意した背景にはこうした事情がありそうだが、結果としてサウジと米国にはやや距離が生じる格好になった。あえて言えば、これもまた中国にとっては、地域でのプレゼンスを高める余地となる。2つ目の変化である。米国が長年の同盟国であるサウジやイスラエルから離れることは考えられないが、状況に変化が現れつつあるのは事実だろう。
中国人に最も人気のある外国の要人はロシアのウラジミール・プーチン大統領だという。そのプーチン大統領の政治外交手法は「いかなる死活の利益も軍事力の誇示なくしては守れない」というものだと言われる。中国は、中東・中央アジアにやがて独自の地歩を築き上げるかもしれない。
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