3月に入ってから百貨店業界が騒がしい。3月6日、三越伊勢丹ホールディングスの大西洋社長の退任が、突然報じられたからだ。
大西社長は2012年に三越伊勢丹ホールディングスの社長に就任して以降、百貨店業界の名物経営者として、メディアや講演会など頻繁に登場していた。2016年からは日本百貨店協会の会長にも就任し、業界を代表する立場で様々な発信を重ねてきた。
三越伊勢丹ホールディングスでは大西社長の指揮の下、百貨店の自主企画商品の強化をはじめとした仕入れ構造改革や、ブライダル、外食産業などの事業多角化に着手。初売りの開始日を遅らせたり、休館日を復活させたりして、従業員の働きやすい環境づくりにも尽力してきた。百貨店やアパレル業界の弱体化につながっていたバーゲン時期の前倒しとも決別する意向を表明し、バーゲンの開始時期を遅らせるなど、独自の施策が話題を呼んだ。
確かに三越伊勢丹ホールディングスの足元の業績は相当厳しい。昨秋には業績悪化を受けて、2018年度に達成すると掲げていた営業利益500億円の目標を延期すると発表。業績の厳しい地方店のさらなる構造改革を進めると説明していた。
極めて厳しい局面ではある。けれども後任未定の状態で、社長の退任だけが先行して報じられる状況は、異様だった。退任が報じられた翌日の7日、三越伊勢丹ホールディングスは正式に次期社長を発表。およそ1週間後の13日には、次期社長となる杉江俊彦取締役専務執行役員が会見を開いた。
三越伊勢丹ホールディングスの次期社長に就く杉江俊彦氏(写真:北山 宏一)
名物社長の突然の退任劇の舞台裏で何があったのか。その詳細は、日経ビジネス3月20日号の記事「三越伊勢丹、自壊の予兆」をご覧いただきたい。
大西社長の退任については、社内外から多様な声が聞かれた。上の記事でまとめた通り、社内への告知がないままに、機関決定されていない方針がメディア向けの決算説明の場で大西社長から語られることに対して、不信感が募っていたのは事実だ。それゆえに社内の中間管理職などからは、体制刷新について比較的前向きな声が漏れてきた。
一方で、社外の関係者などからは、大西社長の退任を惜しむ声や突然の退任劇に憤りを示す声も集まってきた。「改革の途中で社長を背中から切りつけるとは何事だ」「大西社長がいなくなったら三越伊勢丹の改革はどうなるのか」といった声が続々と挙がったのだ。それほど業界関係者から親しまれていた経営者であったということだろう。
企業の体制交代というものは、えてして、どの立場で語るかによって、見える世界が180度異なる。大西社長のマネジメント手腕に不信感を募らせた組合、退任を迫った石塚邦雄会長、自ら辞表を書いた大西社長、そして指名報酬委員会から次期社長に抜擢された杉江専務、さらには体制刷新の下で役職から外れた人、新たに起用された人……。現場で働く社員の間でも、若手と中堅、ベテランで、見える世界は全く異なるはずだ。これらの人々の、どれか一つの言い分が正しいということはなく、それぞれの立場に言い分と正義があるのだろう。
それゆえ、「大西社長のマネジメントが悪かったのだから退任されて当然だ」とか、逆に「突然、追われるような形で退任することになった大西社長は気の毒だ」などといった、一面的な評価は到底、できない。ただ一つだけ懸念するのは、大西社長の退任によって、日本の“百貨店文化”が終わりはしないかということだ。
次期社長が強調した「不動産事業」の強化
大西社長の体制から何が変わるのか。会見で杉江専務は次のように説明した。
「構造改革で一番変えていくべきなのは、ポートフォリオを明確にすること。百貨店分野については本業としてしっかりやりたいが、それだけでは大きな成長は望めない。まずはグループのあるべきポートフォリオを作成し、そこに向けて選択と集中をしていく」
「例えば同業他社の高島屋や(大丸松坂屋百貨店を傘下に持つ)J.フロントリテイリングは、百貨店部門も一部にあるが、不動産事業などによる収益のしっかりした基盤がある。当社の業績が悪いのは、その基盤が少なく、百貨店に頼っているからだ。百貨店の売上高によって、企業の収益がぶれてしまう」
「不動産部門をどの程度まで伸ばすのかは明確に決めて取り組む必要があるが、先輩方が残してくれた優良な不動産が多数あり、それが活用されていないのも事実。それをどの程度まで活用するのか、新規事業をどこまで伸ばすのかを明確に決めて、集中してやっていく」
不動産事業の強化において、高島屋のように子会社を設けて独自に展開するのか、さらには外部との提携なども軸に展開するのかという記者の問いに対して、杉江専務は、「(百貨店事業以外で)確実にできるのは不動産事業なので、我々が不動産会社として仕入れをするわけではないけれど、持っているものを最大限活用する」と繰り返した。
三越伊勢丹ホールディングスは収益に占める百貨店事業の比率が高く、それゆえに消費低迷などの影響を受けやすい弱点がある。こうした波に影響されない強固な収益基盤を築くには、SCなどの不動産事業の強化が必要と説明したのだ。
杉江専務の説明でも触れられたJ.フロントリテイリングなどは、奥田務相談役が主導した経営改革によって、いち早く百貨店業界から脱し、不動産事業を軸にしたマルチリテーラーへ変わっていった。一連の改革は、奥田氏著『未完の流通革命』で詳細に描かれている。
J.フロントリテイリングの奥田務相談役著『未完の流通革命』
杉江氏が指摘したように、確かにライバルと比べると三越伊勢丹ホールディングスは百貨店という本業への依存比率が高いという弱点はある。
ただ一方で、「伊勢丹」「三越」という2つのブランド力の強さはライバルよりも秀でている。伊勢丹新宿本店が打ち出す丁寧なおもてなしやファッションの先進性、売り場の驚きや感動の演出、三越日本橋本店に象徴される特別感や顧客との関係性の深さ……。さらには顧客の声を生かした独自商品の企画力や売り場作りにも定評があった。
大西社長はこの強みを生かし、あくまで百貨店事業を軸に据えて、百貨店そのものを時代の変化に合わせて変えていこうとしていた。飲食やブライダル、旅行といった事業の多角化も、「伊勢丹」「三越」のブランド力を生かせる業態に限っていたように見える。
ライバルが早々にSC強化などの不動産強化へ舵を切る中で、三越伊勢丹ホールディングスだけが百貨店から逃げず、正面から向き合って、百貨店を進化させようと苦戦していた。大西社長本人も、百貨店の未来を作るという“夢(ロマン)”を積極的に社外に発信していた。その姿勢は好意的に捉えれば、日本の“百貨店文化”の最後の担い手のようにも映った。そして、その姿勢に社外の多様な業種の人々が賛同していたことも事実だ。
果たしてその“夢”が新体制で引き継がれるのか。杉江専務の語る「不動産強化」は三越伊勢丹ホールディングスをどのように変えていくのか。杉江専務は会見で、「基本的には大西社長が進めてきた方向性について継承していく。大西社長からは、路線を継承してくれるならば、引き続きよろしくと言われている」と語り、大西社長の方針そのものに変更はないと明言している。ただ同時に、まずは構造改革を優先するとも語っており、大西社長の多角化方針とは距離を置く様子も伝わってきた。
もちろん経営者であれば、何よりも優先すべきなのは、企業の成長や従業員の雇用であろう。“百貨店文化”を守るために経営破綻してしまえば元も子もない。
ただ今後、仮に三越伊勢丹ホールディングスが仮にSC化へ舵を切り、Jフロントや髙島屋と同じ道を歩むのであれば、それは長い目で見れば、日本から“百貨店文化”が消えることを意味するのかもしれない。消費者のライフスタイルの変化や競争環境の変化によって、昭和の時代の百貨店のビジネスモデルが持たないことは明白だ。百貨店が、再び小売業の王者に返り咲くことも、恐らくないだろう。
それでもこの先数十年で、百貨店という業態が日本から消えてなくなることはないはずだ。であれば、その文化を守れるのは、「三越」「伊勢丹」という強いブランドを持つ同社であったはずだ。新体制は、百貨店を正面から見据え、夢のある未来像を描くことができるのか。”百貨店文化”が日本から消えることがないよう、強く願ってやまない。
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