SF映画に登場するような装着型ロボットを、奈良のロボットベンチャーが開発している。構想通りに完成すれば、このロボットを身にまとった人間は、片手で50キログラムの重さの物体を、軽々と持ち上げることができる。工場や物流拠点など、重い荷物を運ぶ必要がある作業現場での生産性向上や省人化が可能。空想に過ぎなかったロボットが現実のものとなり、人手不足の日本を救うかもしれない。
アクティブリンクが開発中の「パワーローダー」(写真:菅野勝男)
鈍いモーター音とともに、ロボットの腕が上がっていく。人間が装着したその機械は、まるでSF映画に登場する戦闘用ロボットのようにも見えた。
めっきり冷え込んだ2月初旬の朝。記者は、奈良市にある研究パークの一画にいた。ここに拠点を構えるロボットベンチャー企業、アクティブリンクの取材のためだ。そこで出会ったのが、このロボット。瓦屋根の古民家のような外観からは全く想像できなかったが、その内部ではすごいものが作られていたのだ。
これは、一般的には「パワードスーツ」と呼ばれる装着型のロボット。同ロボットを着た人間は、筋力の限界を超えたパワーで、重いものを持ち運べるようになる。アクティブリンクが開発しているパワードスーツは、装着すると片手で50~70キログラム、両手であればその2倍の100~140キログラムの物体を持ち上げられるようになるという。
その能力にも驚いたが、さらに筆者をびっくりさせたのが製品名だ。アクティブリングの技術者は、「この製品は『パワーローダー』と名付ける」と説明してくれた。
あのSF映画に登場していたパワーローダー
「パワーローダー」――。この製品名にピンと来た読者は、かなりのSF映画マニアだろう。1986年に公開されたSFホラー大作「エイリアン2」に登場するのが、まさにパワーローダーと呼ばれる装着型のロボットだ。
劇中では、未来のフォークリフトのような役割を果たす装着型ロボットとして登場。黄色に塗装されたパワーローダーは映画の前半で、宇宙船にコンテナやミサイルなど重い荷物を載せるために使われる描写がある。操作には免許も必要という設定だ。
もう30年も前に公開された映画なのでネタバレを前提に記述してしまうが、このパワーローダーは映画の終盤で極めて重要な役割を果たす。パワーローダーを装着したヒロインが、宇宙船の中でエイリアン・クイーンと最後の死闘を繰り広げるからだ。
女優シガニー・ウィーバーが演じるエレン・リプリーがパワーローダーを着込み、巨大でグロテスクなエイリアン・クイーンと殴り合い、最後はエイリアンを宇宙空間へ葬り去るクライマックスは圧巻。それにしても、30年前の架空の物語で描かれエイリアンと戦ったロボットに似た機械が、日本の奈良で実際に開発されていることに改めて驚く。
しかもその名称が、エイリアン2に出てきたロボットと同じ「パワーローダー」とは。少なからず、エイリアン2からインスピレーションを得て、開発されていることは間違いない。
なぜ奈良でパワーローダーが作られているのか。まさか、エイリアンとの来たるべき闘いに備えるためではあるまい。アクティブリンクの藤本弘道社長に、開発の真意を聞いた。
パワーローダーの右側に立っているのが、アクティブリンクの藤本弘道社長(写真:菅野勝男、以下同)
アクティブリンクが開発中の建設現場用の荷物運搬用ロボット
「アクティブリンクは自律稼働型のロボットではなく、装着型のロボットを主に開発している。人間が片手で50~70キログラムのモノを軽々と動かせるようになれば、作業効率が2~3倍になる業務はたくさんあるはず。最小限の人数でこなせる作業工程が増えれば、大きな生産性向上につながる」。パワーローダーの開発を始めた経緯を、藤本社長はこう説明してくれた。
民生用の用途では、工場や物流、建設、土木など、重いものを運ぶ作業がある場所での利用を想定。それ以外にも、災害救助用など公共性の高い用途も見込めると考えているという。
このロボットを身に着ければ、非力な高齢者や女性でも、若い男性と同等どころか、人間の筋力の限界を超えたパワーを得て重い荷物を動かせるようになる。人口が減り、生産年齢人口も減る一方の日本で労働力を補うため、需要が高まりそうだ。
2020年代前半、いよいよパワーローダーが商用化
パワーアシストスーツやパワードスーツなど装着型ロボットの国内市場は、2024年には約1030億円へ広がる見込み(シード・プランニング調べ)。国内勢ではアクティブリンクのほか、サイバーダインやイノフィスなどのベンチャー企業が同市場に参入している。
藤本社長は、2020~2030年がパワーローダーなどパワードスーツと呼ばれる製品の普及期になると予想している。実際、アクティブリンクが開発中のパワーローダーは、2020年代の前半に商用化する計画だという。
今後、新素材を随時適用していくなどで、「パワーローダーの小型化と軽量化を進めていくことが課題」(藤本社長)だ。パワーローダーという名称は、アクティブリンクが日本で商標登録済みだが、「海外展開の可能性が見えてくれば、他の国でも商標登録したい」と藤本社長は意気込む。
アクティブリンクが開発を進めているのは、パワーローダーだけではない。建設現場で重たい荷物を運ぶために人間が操作する腕型ロボット、人間の歩行を楽にする装着型ロボットも目下、開発中だ。
歩行をアシストする装着型ロボットは、林業の従事者など、チェーンソーなど重い荷物を持ったまま長時間、傾斜地のような過酷な環境を歩く必要がある人向けに売り込む予定だ。長い時間、劣悪な道を歩き続けても疲れにくくなる効果がある。
アクティブリンクが商用化したパワーアシストスーツ。12キログラムの水を持ち上げる作業をサポートしているところ
複数のロボットの研究開発を進めるなかで、アクティブリンクは既に商用化にこぎつけた製品も持っている。それが、パワーアシストスーツと呼ばれる、腰に装着し軽量の物体の上げ下げをサポートするロボットだ。アクティブリンクは月産数十台規模で、パワーアシストスーツの量産を始めている。
同ロボットを身に着けた技術者は、筆者の目の前で12キログラムの水を実際に、持ち上げてくれた。その際に技術者の表情は変わることなく、モーターだけが作動。人間の足腰の筋肉の動きをロボットがサポートし、重いものを楽々と持ち上げている様子がうかがえた。
このパワーアシストスーツの導入実績は、大手企業から中小企業まで約100台に上る(2月時点)。実証実験としても、大手家具メーカーの物流拠点や貨物の積み下ろしを行う港湾、建設現場などで使われているという。ある物流会社の実証実験の現場では、パワーアシストスーツの導入により、1時間当たりに運搬できる荷物の個数は2~3割増につながった。
アクティブリンクの藤本社長が装着型ロボットに期待するのは、単に重たい荷物を持てるようにしたり、歩行で疲れにくくしたりすることだけではない。
装着ロボットにセンサーも組み込むことで、人間の周辺をセンシングする機能も付与でき、より生産性向上や付加価値を生み出せる可能性が高まると考えている。「センサーが入った装着型ロボットを身に着けることで、人間の機能が拡張されていくイメージ。人間が歩くセンサーになり、触れるものをすべてセンシングして記録できるようになっていくだろう」(藤本社長)。
例えば、持っている荷物の重さ、収穫した農作物の糖度などを、すぐにセンシングできるようになるイメージだ。これらのデータ取得を、作業しながら実施できれば、計測の工程も省けることになり、さらに生産性が上がるのは間違いない。
平城京のモノ作り集積地で開発される
アクティブリンクの本社は、奈良市の「平城・相楽ニュータウン」にある「ならやま研究パーク」に存在する。ここは、奈良と京都の県境にある平城山(ならやま)丘陵と呼ばれる場所で、古くは日本書紀にも「那羅山」として登場する歴史あるエリア。しかも、平城京にあった平城宮や仏閣などの瓦を焼いた瓦窯の跡地が数多く残っており、いにしえの日本の都におけるモノ作りの集積地だった場所なのだ。
そのような古くから日本のモノ作りの歴史が残る場所で、30年も前に公開された米国のSF映画に登場する架空のロボットを、日本のベンチャー企業が開発していることに、筆者は驚きと共に感慨を覚えた。
アクティブリンクがこのロボットを商用化する際には、ぜひ海外の国々でも商標登録し、パワーローダーを世界に売り込んでほしいと思う。このロボットを着て人類がエイリアンと戦うことにはならないことを祈りつつ、日本で開発されたパワーローダーが人間の能力だけでは難しい作業を担い、人類の課題をバリバリと解決する未来が到来することを願いたい。
Powered by リゾーム?