「ホテルが足りない」「宿泊料金が高くなった」という声をここ数年よく聞くが、統計でもその傾向は鮮明になっている。
先月2月29日に観光庁が発表した2015年の宿泊旅行統計(速報値)によれば、延べ宿泊者数は対前年比6.7%増の5億545万人泊と、調査開始以来初めて5億人泊を超えた。中でも外国人延べ宿泊者数が6637万人泊と、対前年比で48.1%増加。日本人の対前年比2.4%と比べても大幅に伸びた。
2015年、訪日外国人客の数は1970万人と過去最高を記録している。外国人宿泊客の増加で都市部のホテルは連日「満員御礼」状態なのだ。
宿泊施設の埋まり具合を示す客室稼働率は大阪85.2%、東京82.3%といずれも昨年を上回る水準だった。一般に、80%を超えると予約が取りづらいといわれている。宿泊施設タイプ別の客室稼働率を見ても、東京都はリゾートホテル76.4%、ビジネスホテル86.3%、シティホテル83.8%。大阪に至ってはリゾートホテル91.4%、ビジネスホテル87.8%、シティホテル88.1%と、価格帯の高いタイプの施設でも極めて高い状態だ。
主要都市の施設タイプ別宿泊稼働率
出所:平成27年宿泊旅行統計調査(観光庁)
世界経済の状況や為替の動向に多少の波はあるにしても、ホテル業界では少なくとも2020年まではこのような状況が続くと見る人が多い。現在、宿泊施設の新規開業や改装は都市部や観光地中心に急ピッチで進められている。日本には、「旅館」と呼ばれる古くからある宿泊施設があるが、旅館の稼働率は宿泊統計を見ても東京で60%程度、地方に至っては30~50%と非常に低い。ベッドなど外国人が求める近代的で快適な設備が少ない上に、食事と宿泊(1泊2食)がセットになった料金体系は外国ではなじみがないのがその理由と見られる。
そして何より、旅館は都市の中心部ではなく、少し離れた所にあるケースが多くアクセスが悪い。日本らしさを備えている宿泊施設でありながら、ホテルに比べてアドバンテージがないのだ。
しかし、外国人は決して、旅行先に自国のライフスタイルや過ごし方を求めているわけではない。旅の目的は何よりも「非日常感」であるはずだ。そのことは、外資系ホテルのブランド展開の方向性を見れば分かる。今、より外国人に特別な経験、体験をしてもらいたいと意識してブランド展開をしようとしているホテルがある。米シカゴに本社を構える外資系ホテル、ハイアットだ。
「アンダーズ東京」のヒットをさらに「深化」させる。
ハイアットは、日本進出以来、新宿に1980年開業の「ハイアットリージェンシー東京」、同じ新宿に1994年開業の「パークハイアット東京」、六本木に2003年開業の「グランドハイアット東京」と、都心部の一等地にホテルを構えている。大阪、福岡でもその傾向は同じだ。2000年代に入ると、箱根や京都、沖縄といったリゾート地にも進出している。
施設展開のスピードは他の外資系ホテルに比べるとそれほど早くないし、施設数も10と決して多くはない。しかし、日本ハイアットの代表取締役の阿部博秀氏は「30年近くホテル業界にいるが、これほど良い投資環境は今までなかった。今が一番伸びていく時期なのでは」と、拠点数を増やしていきたいと話す。
日本ではこれまでラグジュアリー系の「パークハイアット」、プレミアム系の「グランドハイアット」「ハイアットリージェンシー」を強化してきたが、今後意識的に展開していきたいと考えているのが「ライフスタイル系」と呼ばれるブランドだ。
ある国への旅行者数が増加し、リピーターが増えるほど、その国に求めるリクエストや期待値は当然高まってくるだろう。より特別な体験を求める人が増えるからだ。ホテルなどの宿泊施設に対する要望も同様で、ただラグジュアリーなだけでなく「クリエーティブ」「オリジナル」といったものを求める。従来のホテルのあり方だけでは満足できないサービスを期待する客層も当然出てくる。それは裏を返せば「その土地らしいもの」「日本らしさ」の渇望であるという。阿部氏は「アジアの客層のレベルは年々高くなっており、それに対応したクオリティーの高い施設を作っていかなければならない」。と話す。
こうした問題意識に基づいて展開し始めたのがライフスタイル系のブランドだ。一昨年の2014年、東京・虎の門に開業した「アンダーズ東京」はその代表だろう。ヒンディ語で「パーソナルスタイル」を意味する言葉「アンダーズ」と名付けたことに象徴するように、その国や都市の特性を施設のデザイン、空間、そしておもてなしに積極的に取り入れながら、シンプルでパーソナルなサービスを提供している。「今ここでしかできない体験」を大切にするため、ホテルでイベントを開催したり、カルチャーサロンのような社交スペースを設けたりしているのも特徴だ。
開業からもうすぐ2年だが、「滑り出しは非常に順調」(阿部氏)で、外国人の宿泊が多いという。最近は、観光客のみならず出張ついでに観光もしたいと考える外国人が増えてきており、彼らは限られた時間の中でその国の滞在を楽しみたいと希望している。そのような宿泊形態を業界内では「ブレジャー」(BusinessとLeisureの造語)と呼ぶが、近代的で快適な宿泊施設の中でかつ、日本のエッセンスを感じることのできるアンダーズのようなホテルは、好まれる傾向が強い。個性の強いライフスタイル系のホテルは、2020年開催予定の東京オリンピック以降も、観光のみならずビジネスやMICE(「Meeting」「Incentive travel」「Convention」「Exhibition」の頭文字を取った観光ビジネス用語)といったイベント需要に支えられ、選ばれると見ている。
ハイアットは今後、「ハイアット・セントリック」と呼ばれる、アンダーズのカジュアル版とも言えるブランドを「日本で積極的にに展開したい」(阿部氏)と考えている。「ハイアット・セントリック」は2015年に誕生したハイアットのブランドで、現在は米国マイアミ、シカゴの2カ所に展開している。日本での皮切りは銀座6丁目に2018年開業予定の「ハイアット・セントリック銀座」だ。
「街の中心」「情報の中心」という2つの意味が名前に込められているだけに、「ハイアット・セントリック」は、世界の中でも個性豊かな街の中心地に建てるのがコンセプト。街を楽しむためのホテルだ。銀座の開業以降も、外国人比率の高い都市や地方の観光地に今後10年で10~20軒ほど増やしたいと考えており「一例だが金沢や軽井沢、広島、神戸なども考えている」(阿部氏)。
外資系ホテルが旅館を救う?
「その人にとってのオリジナルな体験」「その国、土地でしかできない経験の提供」を宿泊施設に盛り込もうとするハイアットは今年3月に入ってもう1つ、新しいライフスタイル系のホテルブランドを発表した。「アンバウンド コレクション by Hyatt」だ。独自の個性や体験により唯一無二の魅力を兼ね備えたホテルや施設にて、ハイアットの快適なおもてなしや顧客サービスを受けられるというもの。つまり伝統的で歴史的な独立系ホテルや斬新な建築の新規開業ホテルがハイアットグループの一員となることで、顧客はより多様で個性豊かな宿泊施設へとアクセスできるようになる、というものだ。
「アンバウンド コレクション by Hyatt」の仲間入りをした施設は現在世界で4つ。その中には「おばけが出るホテル」として有名なテキサス州のホテル「ザ・ドリスキル」や、1855年にナポレオン3世の命令によりパリ初のグランドホテルとして建築された「ホテル デュ ルーブル」などが含まれる。
日本での展開はまだだが、阿部氏は「アンバウンドコレクションは日本の宿泊市場と非常に親和性が高いと考えている」と話す。規模が小さくとも個性豊かな歴史的建造物を使った旅館など、宿泊施設がたくさんあるからだ。こうした宿泊施設をコレクションで束ねれば、ハイアットのマーケティング力で外国人観光客への認知度が高まる。旅館が抱えていた運営の非効率性もハイアットのノウハウで打開できる可能性もある。
日本の個性豊かな宿泊施設が外資系ホテルのコレクションに加えられる例は、これまでにも米マリオットが、2013年東京・品川の「ザ・プリンスさくらタワー東京」をオートグラフコレクションにしたり、米スターウッドが今年1月、7月に開業する「ザ・プリンスギャラリー東京紀尾井町」を「ラグジュアリーコレクション」に加えることを発表したりするなど、ここ数年加速している。外資系の運営ノウハウだけでは日本的魅力を外国人に対して創出するのは限界があり、より多様な宿泊施設を囲い込みたいとする意欲の表れといえよう。
こういった動きを見ていると、冒頭に触れたように稼働率がホテルに対して低迷している旅館などの宿泊施設にも、外国人に対してまだまだ活路があるのではないかという気がしてくる。立地面や施設の老朽化といった問題はあるにせよ、日本的なエッセンスを兼ね備えたユニークな施設は多い。外資系ホテルがそのオリジナル性に着目し、ブラッシュアップをサポートすれば、日本の旅館業界も少しは元気になるのではないか――。ハイアットに代表されるホテル開業の傾向、そして外資系ホテルの近年の動きを見ると、そのような希望を個人的には抱かずにはいられないのだ。
もちろん、外国人の観光需要はまだ「都市観光」が中心だ。都市の中心部に宿泊し、そこを拠点に街を観光したり、ビジネスに出かけたりするスタイルが依然主流である。そういった形態に旅館が弱いのは重々承知しているが、「日本を旅慣れた人」が増えれば増えるほど、旅館の優位性が高まるとも言える。外資系ホテルもそこに気づいてきており、他との差別を見出そうとしているのではないだろうか。
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