工長は神様だ。白い帽子にあこがれた

 「昔、僕が若い頃はオヤジ(工長)がおって、モノを作って流していると、『なんだ、これはー!こんなモノを流しやがって』と怒られる。『規格には入っています』と言うと、『俺の目の黒いうちはこんなモノを流すんじゃない。やり直し!』ってやり直しをさせられるんです。その一方で、『ちょっとこれ、規格からは外れているんですけど』といって作ったモノを見せると、『これは大丈夫だ。オレが保証する。品管(品質管理担当者)を連れて来い!』と言って、品管が来ると『何でお前、こんなモノ作り(ここでは品質管理の基準を決めること)をやっとる』と怒る」

「僕らがなりたかったのは、白い帽子の工長。ああなりたいとあこがれた」

 その後、河合氏は工長になるのだが、今も白い帽子は大切に部屋に飾っているという。

 「その頃からセンサーは使われていた。組立工程ではインパクト(ネジ締め工具)で締めるでしょう? 工長は通路を歩いているだけですぐ(異常に)気づいて、『アイツ、ダメじゃないか』と分かる」

 少し解説すると、ネジ締め工具にはトルクセンサーが付いていて、締める時に適切な力が掛かっているかを検知することができる。センサーの検知結果はOKでも、ネジがほんの少し傾いていたり引っかかりがあったりすれば品質は下がってしまう。

 「(工長は異常が)音で分かる。ボルトを入れる時には最初はすっと入って、だんだん重くなって、完全に閉まってからカチ、カチ、カチと3回鳴るくらいがちょうど。リズムがあるの。だから、歩いているだけで全部見つける。それが感性」

 「高いレベルを求める人がいるからこそ品質が上がっていく。それを全部、計器で見ていたら、改善はない。計器は気づかないうちに位置が少しずれていたり、カメラが雲って見えづらくなっていたりすることがある。計器が正しいか正しくないかを人が見抜けれなければ不良品を出してしまう」

 機械の過ちを見抜けるのは人だけ。それが河合氏の基本的な考え方だ。

どんな過酷な状況でもラインを造れる高技能者

 ここでふと、記者はこんなことを考えた。「とはいえAIや機械が進化すれば、人間が現場でやるべき仕事は減るんじゃないか。実際に手を動かさなくなれば、やはりいずれ技能は失われ、河合氏の言う『計器のウソが見抜ける力』は育たないのではないか」と。

 記者が聞くと、河合氏はこう答えた。

 「あえて手作業ラインを各ポジションにいっぱい作って、そこをやらんと自動をやらせんことにしている。生産性が下がると言われるかもしれないが、そこは後で稼げばいい。全員がやったらダメだけど、5人や10人分くらいは働けと」

 「技能交流会(磨いた技能を競う社内コンテスト)というのもやっている。例えば鍛造では、バナーで熱してたたいて鋼を作る。全ての基礎になることを全員にやらせている。塗装なら、塗装のある工場、元町から堤、高岡……。各工場の人たちで予選会をやる。そこで優秀な人を全社大会に送る。それで最優秀賞を決める」

 「そういう人を引っ張り出して、もっと高いレベルの習熟者を育てている。彼らを集めて1年間、めちゃくちゃ厳しい教育をやる。トヨタは一番厳しいって僕は言っているんだけどね」

 「例えばプリウスが新しくなって、そのラインを造るのにこういう人たちばかりを行かせて造らせる。ものの見事に素晴らしいラインを造ってくれた。これが終わったら、2カ月の研修をして、今度は海外で問題の起きている所に行かせる。解決するまで帰ってきちゃいかんと。そういうことを繰り返しやって。海外に行くと、『こんな道具がない』『こんな計器はない』なんてところばかりでしょう? だけど高技能者というのはモノも道具も全て、自分で考えて作る。とりあえず1年やると僕から修了証書を渡す。みんな喜びます」

 教育のことを語っている時の河合氏の口調は、太鼓を打っているかのようにリズミカルで力強かった。その様子から感じたのは、強い現場こそが製造業を支えているのだという自負と、それを後世に伝えなければならないという強い使命感だった。

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